スター選手とは
「まったく…もう少し早く言ってよね。もうすぐ着くところだったのに。」
「俺も家から出発したんだ。待ち時間考えたらトントンだろ」
僕が返答を打ち込んでいる間に、暗闇から遼兄本人の声が聞こえた。
本当に近くにいたらしい。
端末をポケットにしまい、二人と共に来た道を戻る。
「確かそっちには三年生が居ないんだろ?部長さんの名前なんだっけ…ド忘れしちゃったわ」
僕に聞かれても困るんだよなぁ。
だって僕も聞いてないんだもの。
「練習試合かなんかで見たことあるんだが、かなりイイ走りするよ。そっちの部長さん。」
遼兄はそう言って親指を立ててくる。
「朱莉の方は?どうだったんだ?」
朱莉は腕をパンパン叩き、得意げに。
「そりゃバッチシよ。」
「このヒト今さっきまでずっとピアノ弾いてたんだから…」
僕の告げ口に、遼兄は高らかに笑う。
「時間を忘れられるってのは、才能だよな。俺もマシンに乗ってると、いつもそうだ」
僕が最後に時の流れを忘れる経験をしたのは、いつだったろうか。
…鈴鹿。
そうだ。
鈴鹿だ。
遼兄が破壊的な一年生として、今までの常識も何もかもぶち壊していった、あの時。
あの時の僕は、時間のことなんて見向きもしていなかった。
信じられないほど暑く。
また、信じられないほど熱かった。
見るのが楽しいから、やるのが楽しい。
それは、必ずしもそうとは限らないけれど。
僕の中では、それらはイコールで繋がる気がする。
「遼兄。」
「なんだ?」
今、僕は決意したのだろう。
「夏、鈴鹿のコース上でも話そうね。」
時間を、忘れるために。
最寄り駅まで戻ってきた。
この近くにあるファミレスで腹ごしらえをすることに。
「ここに来るのもだいぶ久々な気がするよね」
「私は中学のフレンズとよく来てる。」
「友達の言い方クセ強いな」
扉が開き、席へ案内される。
席への移動中、視界にチラッと違和感を感じた。
「ん?」
と、思って視線をそちらに移動させる。
…あら?
あの二人は…。
「彰先輩と部長さん…?」
ついさっき、入部手続きを受理してくれた二人だった。
「お、朔也クン。偶然だね、こんなところ…で…」
二人の視線は、僕の方に向かいかけたところで90度ターンした。
なにせ、僕の横に立っているのは…。
「良かったですね。サインの仲介業者が必要なくなりましたよ。」
「ホントにスターなんだね。遼兄。」
「ね。僕たち的にはあんまり実感ないけど。」
遼兄は隣のテーブルの部長さんたちに引きずり込まれ、三人で話をしている。
是非有意義な時間を過ごしていただきたい。
僕は朱莉と一緒に、遼兄が解放されるのを待つことにした。
注文してから少し時間も経ったし、本当に鳴りそうな腹をようやく満たすことができる。
「朔也も、ああなってね。」
そんなことを考えていたら、耳に入ってきた言葉。
朱莉のその言葉は、文字数の割にかなり密度が高く思えた。
だから、僕は聞き返すことにする。
「『ああ』って?」
そのままの意味で受け取れば、スターと呼ばれる選手になれということだろう。
しかし、彼女の答えは少し違った。
「遼兄は有名人になっても、私たちに分け隔てなく接してくれるでしょ?」
うぬぼれ、慢心。
それらの心は、得た実績と共に人を狂わせる。
遼兄はそれらに負けない、鋼のハートを持っていた。
ま、当の本人はそこまで考えてないかもしれないけれど。
「今の朔也が居なくなっちゃうのは、寂しいからね。」
朱莉はお冷を一口飲むと、少し寂し気に笑って見せた。
分け隔てなく、とは言っても。
やはりどうしても距離は開いてしまう。
それが分かっているからこその、この表情なのだろうか。
でも。
僕らは、三人で一つなんだ。
その関係や絆は、そう簡単に変えられないだろう。
そう信じる。
信じるべきだ。
僕が鈴鹿で走る、そのために。