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壱撃離脱

「早いもんだねぇ。」


グランドスタンドは満員御礼。

相変わらず暑い。


「ついこの間、朔也が負けたと思ったら…もう鈴鹿の決勝だなんてさ。」


「僕が負けたところを起点として考えるのやめない???」


「だってショックだったんだもん」


ふてくされたように口をとがらせる朱莉。

あれは僕の実力が足りてなかった。

そう一言で片づけてしまっていいと思う。

来年への思いが、それで強まるのなら。


「…始まるんだね。」


この試合の勝者が、この夏の覇者だ。

両チーム、先鋒のマシンがグリッドについている。









『これより決勝戦第一試合を開始いたします。』





『若松高校先鋒、河野由紀さん。』


「よし、大丈夫…私ならできる…!」


場内放送で私の名前が呼ばれると、一気に緊張の渦が押し寄せてきた。

自分に言い聞かせるように、言葉を発する。

遼先輩に貰った私の仕事は、この先鋒を何とかして消耗させること。


勝とうと思わなくていい。

ただひたすら、ルールの範囲内で相手の嫌がることをやれ、と。


プレッシャーをかけ続け、相手を崩す。

やったことのない戦法だけど、なんとかやって見せる。


これは遼先輩に繋ぐため。

この相手の先鋒を、早期に降ろすため…!!!







『黄鷲高校先鋒、セラフ・ゲールティエスくん。』


「『さて…名門・若松の先鋒か。どんなもんか、見せてもらおう。』」


いい空気だ。

ホームステイでこっちに来て、一つ気に入ったところ。


この、命を刈り取りに来ているとしか思えない夏の熱気。

全力で抵抗しなければ、すぐにあの世へと持っていかれそうなこの空気。


日本は世界で一番安全な国なんじゃなかったのか?

笑えるな。


遼が出てくるまでは暇つぶしみたいなもんだ。


付き合ってもらうぜ、Fräulein(お嬢さん)












レースがスタート。


大将戦以外は5周で行われるハイパースプリントレース。

先鋒同士の争いが始まる。


スタートを制したのは由紀だった。

抜群の反射神経を見せ、セラフの前に出る。


…と、言うよりかは。


セラフがあえてスタートを譲ったように見えた。


二台の走りを言葉にするなら、緊迫と余裕。

その二文字だけで説明が付くくらい、ハッキリと走りに表れていた。


俺の予想が正しければ、セラフは5周目まで一切由紀に触れることは無いだろう。


最後のバックストレートで、来る。


それができる、強心臓の持ち主だ。

一撃で、確実に仕留めなければ、自身の敗北が決まるのだから。

バトルをしないことで、体力的にも精神的にも節約することができる。


盤石だな。

現時点で由紀は前にいるが、レースの主導権を握っているのはセラフだ。











「離れない…!!!」


全力で攻めてるのに。

そして、一向に抜いてくる気配もない。

普通に考えれば、実力が拮抗してるんじゃないか…とか思うところだけれど。


そんな甘い感じじゃないのよね…!!!


私、遊ばれてるんだと思う。


「屈辱ね…。」


悔しいけど、実力差がありすぎる。

遼先輩の言ってた通りだ。




『黄鷲の先鋒は、今まで戦った誰よりも強い。』




その時はそんなわけないと思ったけれど。

今となっては、その言葉の意味がよく分かる。

今までに感じたことのない、異質感。


住んでる世界が違う感じ。

こんな気持ちになったのは、紅白戦で遼先輩に背後を取られた時以来だ。


後ろに居ても、速さが分かる。

置いていかれてるわけでもないのに、速すぎると感じる。


5周目、ファイナルラップ。

このままトップを守り切れば、私の勝ち。


でも。


後ろから聞こえていたエンジン音が、横方向へ移動していった。

なすすべもなく。

ただ、横を通り過ぎていく黄色のマシンを、指を咥えて見ているだけ。


悔しいよ。

悔しいけど。


これが私の現在位置なんだ。

スプーンカーブを抜け、バックストレートに入る。


黄色の車影は、どんどん遠ざかって行って…。

私が最終コーナーに入るころには、既にゴールしていた。


ごめん、沙紀。

今から走るあなたにこんなことを言うのは心苦しいけれど。


彼は私の敵う相手じゃなかった。

そして、あなたの才能をもってしても…だと思う。


だから。


来年、この場所に立つのを許されるのなら。

彼のいるところまで、手が届くように。

二人で、努力していきましょう。


今日のところは、遼先輩に頼るしかないみたい。

それは本当に不甲斐ないと思うけれど。


彼なら、やってくれると信じてる。

私の後ろに居た遼先輩は、今戦ったあの人よりも、大きく見えたから。


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