決着
『第五試合勝者、若松高校大将・星野遼くん。』
グランドスタンドが沸いた。
大将戦にまでもつれ込んだ準決勝第一試合が、今終わったのだ。
ホームストレートに戻ると、遼さんがコントロールライン上にマシンを停めて待っていました。
震える両手両足をフルに使いながら、その横にゆっくりと停車させます。
止まったぼくのマシンに、駆け寄ってくる遼さん。
ドアを開けて、疲労困憊のぼくを引っ張り出してくれる。
もう腕が上がらない。
「ありがとう、玖利。」
何を言いますか。
こちらこそですよ。
返事をする気力もなかったぼくの腕を、遼さんは自身の肩に回す。
肩を貸してくれる形を取りながら、観客に手を振っています。
異例のスローペースだった大将戦。
その背景には、ぼくのペースが上がらなかったことが大きく影響していることでしょう。
自分では、不甲斐ないレースをしてしまったと思っていました。
でも。
「いい試合だったな。」
「はい…!」
遼さんがそう言うなら、間違いありませんよね。
「私もう誰かを応援するのやめよっかな。ことごとく応援してた人が負けていく。」
地区大会の決勝戦、そして今回のことだろう。
いじけモードの朱莉。
それにしても遼兄は強い。
憎たらしいほどに…。
この大会に彼を止められる人間は存在するのか?
前年度の成績を考えても、残っているチームにそんな人がいるとは思えない。
そもそも遼兄がギリギリのバトルをできる相手っていたっけ…。
それこそ…。
「朔也、そろそろ行こうよ。暑くて敵わないや」
朱莉がオーバーヒート寸前だ。
大将戦まで見るとなると、やっぱり時間はかかる。
それにこの会場の熱気だ。
中てられるのは無理もない。
そんな最中。
僕たちがその場から立ち去ろうとした次の瞬間。
懐かしいやら、怖いやら。
色んな感情が押し寄せてくることになる。
それは、想定外を絵にかいたような人物で…。
探していた、遼兄に匹敵する可能性のある相手。
「『西条…朔也。久方ぶりだなァ。』」
なんでここに居るんだ?
「『セラフ…さん。お久しぶりです。』」
セラフ・ゲールティエス。
5年前のX1-Jr.GP年間チャンピオンであり、遼兄とも幾度も絡み、トラブルを起こし…。
あまりいい印象はない。
だってこのヒト怖いんだもん…。
「『星野遼はこの戦いでも随分とまあ暴れているらしいな。』」
威圧感のある低い声。
英語だとそれがより強調されて聞こえ、恐怖すら覚える。
「『決勝戦を楽しみにしておくことだ。』」
決勝…?
まさか。
そんなまさか。
「『オレは黄鷲高校の二年に今年から編入した。』」
空気が揺らいだのは、陽炎のせいか。
一つ確かなことは、高校モータースポーツ界のパワーバランスが大きく変わる、一大事変であるという事。
わなわなと震える手は恐怖を感じているのか、あるいはレベルの高いバトルを見られることに対する喜びか。
いずれにせよ…
「おいこら。」
僕の頭がペシッとはたかれた。
「何言ってるかわからない。日本語で喋って。」
あ、それは仰る通り…。
セラフさんが参戦するとあって気持ちが舞い上がってしまっていた。
「『…彼女はなんて?』」
「『いやあの、日本語で喋れって言ってます。』」
名乗りの途中で遮ってしまったため、セラフさんは少々気まずそうに聞いてくる。
「『そうか。』」
セラフさんは咳ばらいを一つ。
そして…。
「セラフ・ゲールティエス…でス。よろしく…おねがいしマス。」
カタコト…。
これは…なんというか…うーん…。
「えー、かわいい~。日本語お上手ですね~。」
テンプレの褒め方をする朱莉。
いかん。
僕の中にあったセラフさんのイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。
「ありがとう…ございマス!」
「どうして日本にいらっしゃったんですか~?」
朱莉は随分とセラフさんのことが気に入ったようだ。
そりゃそうだよな。だって普通に日本語がおぼつかない、丁度カワイイ感じの外国人さんだもん。
でも…なんか違うんだよ!
僕の中でセラフさんは、こんな感じじゃなくて…!
「『すいません!やっぱ英語で喋ってください!!!』」
「『なんで日本にいるかって?ホームステイ先の婆さんに気に入られちまって帰してくれねェんだよ!!!』」
そうそう。
こうでなくちゃ。




