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鳥みたいな、綺麗な翼

遠くなっていく深緑色の車影を、ただひたすら追いかける。

残り周回数は4周弱。

正直言って、苦しいですね。


…でも。


「何度でも言いましょう!ぼくは、あなたに勝つことができる…!!!」


まだ試合は終わっていない。

リベンジマッチは、終わっていない。

勝利への道は、閉ざされていない。


腕の疲労は、既に限界を超えている。

これ、決勝戦で使い物になりますかね。

と、この試合で勝つことが大前提の思考をしてみたりする。


動け、身体。

勝利を求めるのなら、動き続けろ。














「玖利くんのマシンさ、羽が生えてたね。」


「羽?」


朱莉は手を口元に添えたまま、そんなことを呟いた。

ホームストレート上を二台が通過していった直後のことだ。


「ああ、あれはリアスポイラーって言って、ダウンフォースを生み出すために必要なんだよ」


この大会の規格に合わせて作られたマシンには、市販車よりも少しだけ大きいウイング…リアスポイラーが付いている。

競技車として、サーキットにおいて高いパフォーマンスを発揮することができるように、より強いダウンフォースを必要とするためだ。


「いや、そうじゃなくて…。」


朱莉の目に映っていたのは、なんだったのか。

僕には見えない何かが、見えていたのか。


「見えたの。」


会場のモニタースピーカーからは、二台のエキゾーストノートが響いていた。


「目の前を通るとき、鳥みたいな綺麗な翼が…。」













左、右、また左。

S字区間は、暴れようとする車体をアクセルワークとカウンターステアで必死に抑えながらクリアしていきます。

ここは鈴鹿のコース中で最も集中力を必要とします。


一刻も早くホームストレートに戻りたくて仕方がない。

レイズアップシンフォニーでマシンが浮いている時は、何もかもを忘れることができます。


例えるならば、まるで鳥になったみたいに…。

その感覚が味わえるのは、2分20秒に一回、10秒程度。


それ以外はマシンと格闘するのに必死になります。

でも楽しむのを忘れて…っていう感じじゃないんですよね。


楽しいですよ。

非常に楽しい。


だからこそ、一刻も早くホームストレートに帰りたいんです。

それは結果的に、攻めていく理由となります。

遼さんのペースは留まるところを知らずに上がっていきます。


でも、ぼくだって。

名門・紅葉の大将を任された人間なんです。


だから、諦めない。


ぼくは遼さんに勝てるんだって、信じ続ける。

自分自身を、ぼくが駆るマシンを。

ぼくが出したセッティングに間違いはない。


たとえ腕が痙攣を始めても、ギアチェンジをする左手がおぼつかなくなっても。

このセッティングがあればこそ、僕は一番速く走れる。


接地しているのはタイヤ四つ。

これは遼さんと変わりはない。


手足だって遼さんと同じ、二つずつ付いています。

でも…どうしてでしょうか。


遼さんのマシンが視界に映る時間が、どんどん短くなっていく。

長いストレートで、チラリと見えては、また消えていく。

気付けばレースはファイナルラップ。


もう、どうしようもありませんでした。

無線から入ってきた情報によると、9周目のぼくのラップタイムは、2分29秒4。


明らかにペースが落ちていました。


自分ではそんな感覚ないのに。

1周目からファイナルラップまで、全開で攻め続けているのに。

ハンドルを握る手が、石になったように固く、感覚が無くなっていく。


体力の、限界。


限界なんて、とうに超えていたんですね。

困ったものですね~。限界があまりにも近すぎます。

筋トレが足りませんね筋トレが。


はぁ~。


なんだろう、この感覚。

ぼくは実力で負けた事なんてないと思ってた。


5年前のあの時だって、わざと順位を落とさなければ勝ててたんだって自分に言い聞かせてた。

でも、それは間違いだったのかな。


実際の遼さんはもっと強くって、速くって。


ぼくが勝てる相手ではなかった、とは言いませんよ。

でも、まだ早かった。

勝つために必要なものが、まだ足りていなかった。


完敗です、遼さん。

凄いものを見せてもらいました。


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