アクセルを踏んでいる時間=速さ
『並んだぁぁぁッ!!!6周目!!!ついに試合が動く!!!』
ホームストレートから見て、コースの真反対で起きた出来事。
しかし、グランドスタンドからもよく見えるスクリーンに、事はでかでかと映し出されていた。
ヘアピンの脱出速度差を活かして、遼兄はアウト側から仕掛ける。
続く全開区間。
緩やかに曲がりながら、次のコーナーをアクセル全開で待つ。
「…これ、危ないんじゃない?」
朱莉は手を口元に添え、そう呟く。
そう。
その通りなんだよ。
二台が並んだまま次のコーナーに入るとなると、玖利くんが挙動を乱した時にクラッシュへ繋がりかねない。
「また遼兄はアウト側からコーナーに入る…。」
ブレーキング。
「玖利くんの車体が揺れる…!」
「…行ける…!」
コース後半、スプーンカーブへの進入。
並んだままコーナーへ入っていく。
ギャリギャリというブレーキキャリパーの軋みが、耳をつんざく。
玖利は姿勢の制御に四苦八苦しているだろう。
現状で俺は半車身ほど前に出ているものの、完全に抜き去ってはいない。
だから、恐らく…。
「来るなら、来い。」
衝撃に備える。
玖利のマシンとの距離は1メートルを切っている。
この距離なら、まず間違いなく。
接触する。
だが…。
「分かっていればどうという事はない…!」
直後。
俺のマシン、左後方から、金属同士が擦れぶつかる音が聞こえる。
それと同時に、アウト側へと吹き飛ばされるような感覚。
よし。
いいぞ。
玖利も接触したとあらば速度を落とすはずだ。
俺はここで決めに行く…。
リアをぶつけられ、姿勢を乱すマシン。
普通ならアクセルを抜き、減速。
そして体制を立て直すというのが、正しい作法だ。
だが。
俺はあまりその習わしが好きではない。
それは確実な方法であることは確かだ。
じゃあなぜ俺がそれを嫌うのか?
簡単だ。
「アクセルを踏んでる時間=速さだ。…それに…。」
アクセル全開。
カウンターステア。
思い切りリアを流して、滑らせろ。
「そんな方法、ダサくてやりたかねェんだよ!!!」
グランドスタンドがどよめいている。
通常この大会で上がるはずのない白煙が、スプーンカーブからモクモクと出現したからだ。
遼兄のマシンは玖利くんのマシンと接触。
アウト側に弾き飛ばされた遼兄は、コースリミットギリギリのところでアクセルを全開。
カウンターステアを当て、そのままスプーンカーブを抜けていった。
遼兄はこれをドリフトの大会かなにかと勘違いしているのか?
普段僕はこんなこと言わないが…マジでイカれてる。
普通に考えて、あの体制からアクセルを開けたらスピンする可能性が高いことぐらい容易に分かる。
僕よりも経験のある遼兄なら、そのくらい知ってて当然のはず。
常識を、覆しやがった。
この一連の行動で、遼兄は玖利くんに対して1秒のマージンを獲得することに成功する。
そして、何よりも大きかったのは…。
『遼!遼!』
観客の声援が、遼兄の方へと向いていく。
派手なパフォーマンスが好きなのは、誰も彼も同じなのだ。
遼兄は接触して不安定な状態のマシンをコントロールし、あまつさえドリフトまで決めてしまった。
ドリフトが速いというわけではない。
でも、普通に走るよかは何段階も難しい技術だった。
レースが好きな観客も、あまり詳しくない聴衆も。
遼兄がとんでもないことをやってのけたという事くらいは、分かったはず。
会場の空気が、まとまりつつある。
玖利くんは苦しくなったな…ここからどう戦うのか。
試合はまだ6周目。
これからいかようにも動く余地があるのが、この大会の恐ろしいところである。




