目標:化け物
「まずは自己紹介からだよね。それじゃあ…」
「神田彰だよ。よろしく新入生クン」
部長さんが名乗ろうとしたところを掻っ攫っていった彰先輩。
複雑そうな表情で口をモニュモニュさせる部長さん。
彰先輩と握手を交わし、僕も自己紹介を。
「西条朔也です。鈴鹿目指して頑張りたいと思います」
それを聞くと、部長さんは頷いて。
「鈴鹿、ね。その気持ち、忘れちゃダメだよ。」
彰先輩も、元々の糸目を更に細めて。
「ウチは人数が少ない。だけど、精鋭が揃ってるんだ。」
確かに、ピットに出入りしている人はあまり多くないように見える。
部長さんも二年生らしい。三年生が居ないのだ。
しかし昨年度の笹井高校の戦績は、地区大会ベスト8。
決して弱いチームではない。
「ま、そんなところだね~。じゃあ、色々見て回ろっか」
彰先輩が僕の手を取り、おもむろに立ち上がる。
「えっちょっ待っ」
一歩遅れてついて来る部長さん。
結局部長さんの名前聞けなかったな…。
ま、後で聞けばいっか。
「朔也クンはどうしてこの高校に来たんだい?」
ピットを歩きながら、雑談を始める。
壁や天井に囲まれたピットというのは、なんとも新鮮な趣だ。
「西東京地区で家の近くだったらここが良いだろうって、遼兄が。」
「「遼…兄…?」」
しまった。
彼らは遼兄のことを全く知らない可能性が高い。
「それって、あの星野遼のこと…?」
知ってたっぽい。
「あぁ、知ってたんですね」
「知ってたもなにも、鈴鹿の大スターでしょ。高校レーサーで知らないヤツはいないよ」
二人は信じられないといった表情でこちらを見てくる。
遼兄、いつの間にか大スターになってたんだなぁ。
「ごめん朔也クン、今度会った時でいいからサイン貰ってきてくんない?」
小さいときから一緒に遊んでた仲の人が、サインをねだられるような存在になっている。
なんとも言えない、不思議な気分だ。
「3速から4速に入れるタイミングが若干遅いんだ。それだとエンジンに負荷がかかるぞ。」
「分かりました!遼さんのアドバイス、分かりやすいです!」
鈴鹿での激闘…というにはあっさりしすぎている戦いだったが。
あれから既に半年以上が経過し、俺は後輩を持つ立場となった。
流石名門・若松といった具合に、スポーツ推薦で入学してきた後輩たちは、もうチームの練習に溶け込んでいる。
「遼、すまんな。こっちもアドバイス頼めるか?」
二年次の頭だというのに、先輩からも教えを乞われることもある。
嬉しいことではあるのだが、もう少し自分の練習もしたいところ。
自分ではそんな風には思っていなかったが…世間では、俺は既に高みへとたどり着いているということになっているらしい。
俺を天才、怪物と呼ぶ人もいる。
それは、まだ誰も知らないからだ。
俺から一年遅れで現れるであろう、新星を。
俺は自分を、朔也より劣るとは思っていない。
だが、それと同時に。
朔也も、俺と比べて劣ってはいないと思っている。
俺たちの出会いは、小学校の校外学習だった。
全校生徒が対象で、希望者が参加する半分娯楽のような校外学習。
その内容は、近くのサーキットでカートレースを体験するというものだった。
JHMCが始まってから数年が経ち、モータースポーツがメジャースポーツの仲間入りを果たした時だ。
小学生の中でも人気は高まっており、全国的に公園でのカート走行による騒音被害が社会問題になっていたりもした。
そんな最中開かれたのが、このカートレース教室。
元トップフォーミュラレーサーを講師に招き、執り行われた。
小さい頃からレースゲームやら公園やらで走りまくっていた俺に付いてこれる者は、居ないかに思われた。
だが、ふと横を見れば。
長いホームストレートで、アウト側から仕掛けてくる一台の車影がそこにはあった。
それからは直接朔也と走る機会は中々巡ってこなかったが、俺の脳内にはその出来事が色濃く刻み込まれてしまった。
だから、俺が天才なら。
怪物だと言うのなら、アイツもまたそうなのだろう。
だが、まだ。
圧倒的な存在ではない。
俺にも、朔也にも勝つシナリオは用意されている。
まだ、そんな曖昧な状況であるうちに。
戦っておかなければならないだろう。
「朔也クンの目標は?」
「だから、鈴鹿に行くことですって。」
「それはチームとしての目標だろう?」
彰先輩も、部長さんも、何を聞きたがっているのかよく分からないけど。
僕の個人的な目標…か。
遼兄と戦う、倒す。
それもまた一つの目標なんだろうけど。
それ以上に僕が思っているのは。
圧倒的な存在。
憧れを超え、恐れられるような存在。
そう、例えるならば…。
「僕、化け物になりたくて。」