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大将戦、開幕

『第四試合勝者、紅葉高校大将・東玖利くん。』


大将戦が始まる。

俺はヘッドセットを装着し、マシンに乗り込む。


「遼先輩…必ず、勝ってくださいね。」


開かれた窓越しに、由紀が声をかけてくる。

俺はあえてそれに関しては返事をしなかった。


分かりきったことだ。

俺が勝つことが、ではない。

勝つために最善を尽くすことが、である。


「沙紀を慰めてやれ。それはおまえにしかできない。」


勝つさ。










荒々しい轟音が、後方遥か遠くから聞こえてきました。

既にグリッドについているぼく。

その轟音は、次第に近づいてきます。


一対一のタイマン。

大将戦では、たった二台のマシンが10周もの間、サーキットを支配します。


ゆっくりと横のグリッドについた、深緑色のマシン。

若松高校大将・星野遼さん。


ぼくがよく知る遼さんとはまた違った気迫を纏っているように見えます。


下馬評では当然のように若松有利であった、この試合。

それを覆せるだけの実力を持ってくることができたと、ぼくは自分を信じてます。


あの時果たせなかったオーバーテイクを。

あの時果たせなかった勝利を。


今、果たすとき。


勝ちます。












エンジン音も、楽器の音色も。

その全てがかき消されるほどの歓声が、場内を包んでいた。


『第五試合、大将戦を執り行います。』


その一言で、観客のボリュームがより一層増大する。

鈴鹿における準決勝。

その、最後の戦いが今から始まるのだ。

シグナルに赤い光が灯り始める。


「ねぇ、朔也。」


「ん?なに?」


いよいよ今からスタートという、その瞬間。

隣から僕を呼ぶ声が聞こえる。


「…いや、なんでもない。聞いたらつまらないから。」


朱莉が聞きたかったことは、大体想像がつく。

また僕を予言者にしようとしたのだろう。

でも、それを取りやめたのは。


純粋なスポーツ観戦の楽しさに気づいたのか、あるいは…。


「…始まるよ。」


いつの間にか、シグナルはオールレッド。

僕がそちらに目を向けた瞬間、灯りは消える。

この一瞬だけは、グランドスタンドが静まり返っていたように思えた。


次に響くのは、唸るような轟音。

クルマという機械が繰り出す、みぞおちに響くような一撃。


たった二台のマシンが発したとは思えないほどの、重い唸り。

ただのエンジン音で片付けるには、あまりにも重厚であった。

それはドライバー二人、チームの皆さん…そして観客の思いすら乗せていたからなのだろう。


なにはともあれ。


レースが、始まった。











先手を取ったのは玖利だった。

抜群の反応速度を見せ、スタートで前に出る。

こうなってくると苦しくなるのは遼である。

ブレーキングで玖利に近づくことができない以上、追い抜きのポイントはしっかりと見定めなければならない。


「相も変わらず不安定なマシンだ…。なぜソレをその領域でコントロールできるのか、全く分からん。」


単純な走力では、遼の方が勝っていると言って間違いはなかった。

玖利は隙が多いものの、その全ての隙が突けるほど大きくない。


「バックミラーの遼さんが駆るマシンが、やけに大きく見える…。この威圧感は、今までに受けたことが無いですね…!!!」


遼に追いかけられる経験をした者は、少ない。

数えるほどしかいないのではないだろうか。


当然である。


遼の前にいられること、それ自体が奇跡のようなものなのだから。

しかし、その事実は遼にとって予想外の弱点となった。


「くッ…攻めどころが分からない…!」


後方から追い込み、先行マシンをオーバーテイクするという経験が無いのだ。

基礎的な知識としては分かっていても、それを実行したことは無い。


前にマシンが居る。


その状態は、遼の脳に途轍もない違和感を感じさせた。

結果、両者は膠着状態に陥る。











「2分25秒3…。」


「遼先輩、ペースが上がってないの…?」


2周目を終え、コントロールラインを通過した二台のラップタイムを見て、驚かなかった者はいなかった。


今大会が今のレギュレーションになってから記録されたコースレコードは、昨年の決勝戦で遼が記録した2分21秒1。


接近戦になっているとはいえ、4秒以上のペースダウンである。

この数値は、由紀や沙紀が記録したものよりも遅かった。

万全の準備を行ってきた両者。


遼は前大会の覇者として、抜かりの無い走りを期待されていたはずである。


現状の打破が必要だ。

この状況が遼にもたらしたもの。


それは、焦りか。

いや、違う。


この身体の芯から沸き起こる熱いナニカは。


闘争心である。


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