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ふらつくマシン

「…速いですね…!」


流石若松の中堅です。

一筋縄ではいかないと、一目で分かります。

遼さんとの戦いのために力をセーブしようと思っていましたが…そう上手くいきそうもないですね。


さっきのドライバーさんも相当でしたが…。

レースの立ち回りよりも単純な走力が重要視される勝ち抜き戦では、この中堅の人の方に分がある。

現に2周目時点で、ぼくは先行を許している。


残り3周半。


ぼくの後ろに人はいません。

それは物理的な意味でも、戦略的な意味でも。

大将を任されたから。


ぼくは、ここで負けるわけにはいかないのです。

さっきから相手の方には、小さな隙が見え隠れしています。

それはぼくにも同じことが言えるのかもしれませんが…。

隙を突く、という行為は、明らかに後ろに居た方がやりやすい。


そして、相手の方は恐らく経験が浅いのでしょう。

天性の才能のみで走っている…それはそれで凄いことなのですが。

抜かれた後の動揺を治めるのに、ぼくは5年の歳月を要しました。


次の周、1コーナー。

行きますよ。












『お姉ちゃん、どうしよう並ばれた!!!』


「落ち着いて!インをできるだけ締めて…」


「ダメだ。」


無線で沙紀に呼びかける由紀に、俺は待ったをかけた。


「遼先輩…どうして…!?」


玖利相手に接近戦を仕掛けるとどうなるか…それは予選大会で嫌というほど目に焼き付いている。

朔也はインを締めに行ったから、接触したんだ。


「鈴鹿の1コーナーであいつに並ばれたら、潔く引くのが吉だ。一番良くてもダブルクラッシュにしかならん。」


悔しいのはよく分かる。

ただ策を講じることもできず、なすがまま横を通過していくマシンを見つめるのは、どうしようもなく辛いことだ。

しかし、相手もルールの範囲内で攻めている。


こちらが過度に接近していくと、こちらにも非があるという判断をされかねない。

たとえ接触したとしても、レーシングインシデントとして処理されるだろう。


「玖利のドライブするマシンは、ブレーキングでふらつく。あいつのマシンセッティングの傾向なんだ。」


玖利が好むセッティングとは、他人では考えられないほどのオーバーステア傾向。

回頭性に優れ、マシンの限界を引き出せれば速くコーナーを抜けることができるが、その反面安定性を欠く。

必要なのは繊細なペダルワークとハンドル操作、そしてマシンのスライドに対する早急な対応。

滑り出した方向にハンドルを切ることによって、マシンを安定させるカウンターステア。


それを使いこなしているのが、東玖利という男。


スライドを治める一連の動作で生じる、微細なふらつき。

そのふらつきを、『微細』で留めていられるのがあいつの凄いところだ。


「前にあいつのマシンを運転させてもらったことがあるんだ。」


1、2コーナーを抜け、沙紀のマシンは後退していく。

玖利はその勢いのまま、小さくリアをスライドさせてS字へと入っていく。


「どんなマシンだったんですか…?」


「まともに1周できなかったよ。」













オーバーテイク完了。

S字はアクセルを半分以上踏みません。

踏めばとっ散らかるのが目に見えてますから。


鈴鹿を戦うマシンには、安全装置以外の電子制御が一切搭載されていません。

それは両チームともに言えることです。


スライドを抑えるトラクションコントロール。

ブレーキ時のタイヤロックを抑えるABS。


それら全てがない状態で走っています。

ゆえに、各校は安定性重視のセッティングをすることがほとんどです。


でも、ぼくはそれでは速く走れなかった。

チームの力になることができないのは、辛かった。


…というのは建前で。


ぼくは、本来の力よりも弱いぼく自身の存在を許せなかったんです。

持てる力を、全て出し切る。

相手との勝負は、そんな自分との勝負に勝ってから始まるんです。


どんなにピーキーなマシンでも、この両手両足があれば。

必ず治め切って見せる。

そんな自信が、ぼくにはありました。


鈴鹿で迎えた大一番。

ここで勝てば、5年前の過ちをもう一つ覆せる気がします。


ついこの間。

朔也くんには勝ちました。

彼は、あれをぼくの勝利と認めてくれた。

だから、ぼくは自信を持って『勝った』と言います。


次は、遼さん。

あなたの番です。

こんなことを言えば後出しじゃんけんになってしまうかもしれませんが…。


5年前、ファイナルラップで朔也くんに2位を譲るという考えが浮かぶ前は。

あなたに勝つビジョンが、明確に浮かび上がっていた。

必ず勝てると、確信していた。


だから、願わくば。

今日、万全を期してリベンジマッチを執り行わせてください。


今だからこそ言えます。

長年モータースポーツをやってきて。

3人で切磋琢磨したあの時が一番楽しかった。


そんな楽しい時間を過ごせるチャンスが、また巡ってきたんです。

残念ながら、3人が同時に揃うことは無いけれど。


シード枠の遼さんに、ぼくたち1年生組の勝者が立ち向かうという事で。


走るのは2人。

勝つのは1人です。



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