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私にしかできないこと

「速…ッ!!!」


4、3。


少しの全開区間でまた4速に繋ぎ直してすぐにブレーキング。


3、2、1。


脱出でまた2に上げる…!!!


せわしない左手と両足。

右手もステア操作で忙しいったらありゃしない。

脱出で少しでも踏みすぎると、タイヤがズルズル滑る。


この状態をあのハイペースでどうやって制御してるのよ…!!!


…集中しよう。


相手は同じ一年生。

向こうにできて私にできない事なんて、あるはずがない。


あるはずが…。












「お姉ちゃん、なんであの時私に譲ったの?」


準々決勝終わりの帰り道。

私たちはリニア高速鉄道の中で、疲労からくる眠気と戦っていた。


「ふぁ…。」


沙紀なんか、質問をしておきながらあくびをして目を閉じる始末。


…でも、そうね。

なんでなのかしら。


私だって、レーサーの端くれだ。

勝利が欲しくない時なんて、片時もありはしなかった。


なのに、何故だろう。

あの時は、無性に沙紀に勝ってほしかった。


「分からないわ。でも、一つだけ確かなことがある。」


あのレースで、私は沙紀の新たな才能を目撃した。


「あなた、私の指示に全く背くことなくレースを走り切ったでしょう?」


私には、そんなことはできない。

どこかで、自分が考えた戦略の方が正しいんじゃないかと考えてしまうと思う。

沙紀のレース中の行動は、私から見れば尊敬に値するものだった。


「そんな、あなたへの感謝から生まれた行動だったのかもしれないわね。」


人は、誰しもが生まれ持ってきたモノがある。

人それぞれの違い、十人十色。


それは双子だろうと、赤の他人だろうと変わらない。











あるんだ。


この人に出来て、私にはできないことが。

今、そう分かってしまった。

ただ…それは逆に。


「私にしかできないことを探す…!!!」


反撃しろ。

この強大な壁に、立ち向かえ。


相手との差は1.1秒。


ファイナルラップに入る。

覆せない距離じゃない。


レイズアップシンフォニーが起動。

速度が上がっていく。


恐怖感はなかった。

そんなものは、とうの昔に捨て去っていた。


ただ、そのまま1コーナーに飛び込んでいくだけ。


観察しろ。あの大きすぎる壁の、弱点を。

タイヤが路面に接地。


レースの終わりまで、もう距離がない。

…。


「…!」


見えた。


コーナーに飛び込んだ際に生じた、僅かなテールスライド。

それを治めようとした、カウンターステアを。


0.1秒、相手との距離が縮まる。

この土壇場でようやく掴んだ、相手の隙。


しかし、残りのコーナー数は既に10を切っている。


追いつけない。

追いつけたとしても、追い抜くまでの余力はない。


でも、何故だろう。

不思議とあまり悔しくはない。


私はココに来るまで、常に全力で走り続けてきた。

その全力を出し切れば、勝てる相手がほとんどだった。


でも、ここ最近になって、勝てない相手が現れ始めた。

負けて悔しいと思ったことは数知れず。


しかし、今日はなんだか違った。

この身体の芯から沸き起こってくる何かは、悔しさとは何か違う。


熱く、強い想いであることに違いはないけれど。

どうにも、マイナスな言葉で表現することはできない。


「東…玖利…くん。」


最終シケインを回る。

次に待ち受けているのは、紅葉高校が今日初めて奪取するチェッカーフラッグ。


「名前、覚えたわよ…!!!」


あとは、沙紀と遼先輩に託そう。


私の仕事は、ここまで。












『第三試合勝者、紅葉高校大将・東玖利くん。』


充分すぎる仕事をした由紀が、ピットへと帰ってきた。


次なるドライバーの沙紀は、既にヘッドセットを装着して準備完了している。

しかし、自分のマシンに中々乗ろうとしない。


由紀のことを待っているようだった。


その様子は由紀にも伝わったようで。

仕事を終えてマシンから降りた彼女は、即座に妹の方へと向かった。


その情景は俺に、不思議な安堵感を覚えさせる。

自チームが一敗を喫したという事実に上乗せされる、その感覚。


由紀は敗戦から既に頭を切り替え、妹へのアドバイスに全力を注いでいる。

緊張した様子の沙紀は、姉の言葉で少しでも自分に自信を持とうと懸命に努力している。


必死で玖利の動きについて伝える由紀。

それを意に介さず、これまた必死に姉に泣きつく沙紀。


結果がどうであれ、二人の絆は確固たるものであると、今再確認した。

…さて。


そろそろ俺も、身体を温めておくかね。


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