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力の底、強者の鼓動

『マシンOKです。』


「よーし。頼んだぞ、由紀。」


準決勝第一試合。

先鋒戦が始まる。


ベスト4の領域に足を踏み入れた、オレンジ色と深緑色。

若松高校は先鋒に河野由紀を抜擢。

中堅には一発の速さから、河野沙紀が選出された。


そして、両校の大将はピットレーンで隣同士に立ち。


「行け…!」


先鋒のスタートを見届けた。










「遼さん、昨日は随分とご迷惑をおかけしました!」


無線で指示を出す司令塔以外の連中は、試合中でも意外にフリーダムに過ごしている。

俺や玖利もそんなフリーダムな人間の一人だ。


「よく分かったろ。朱莉相手に音楽関連の行動はご法度だ。」


何かに情熱を注ぐ人。

その人の分野に土足で立ち入ると、痛い目を見ることが稀にある。

どっちが悪いとかじゃない。


それは、その人がどれだけの思いをその何かに注ぎ込んで来たかの証明でもあるのだ。

そして…。


俺たちも、そうなのだろう。


『第一試合勝者、若松高校先鋒・河野由紀さん。』


俺がここ(鈴鹿)にかけてきた思いは、誰にも負けない。

ただそれは、玖利も同じことを考えているはずだ。


自分の中では、誰もがナンバーワンだ。

本物のナンバーワンは、闘ってみなければ分からないが。


「まずは、俺たちが一本取ったな。準備しなくて大丈夫か?大将。」


「舐めないでくださいよ!ぼくたちだってここまで勝ち上がって来たんです!」


そうか。

そうだな。


だが、俺たちが誇る切り込み隊長の実力も…舐めてもらっては困るな。

現在行われている由紀と紅葉の中堅との戦いは、2周目から3周目に差し掛かったところ。

現状由紀が2.1秒リードしている。


このまま行ければ、当初の想定通りだ。

由紀一人で玖利を引きずり出すことができれば、玖利は由紀と沙紀との戦いによって消耗した状態で俺と戦うことになる。


それ以前に、双子のどちらかが玖利を倒してしまえば儲けもの…。

ただ、そう上手くいくとは思えない。


今この瞬間も、隣に佇み何食わぬ顔でレースの見物をしているこの男は。

確実に、五年前よりも成長している。

あの時勝ったからといって、現在の実力でも上回っていると考えるのは愚策も愚策だ。


成長…か。

自分でも、自らが早熟型だと認識している。


不滅の高校記録を叩き出した陸上スプリンターが、甲子園で160キロを記録した投手が、プロとなり期待ほどの成績を残せないように。


俺の力の底は、もう近くにあるのだとひしひしと感じる。

俺が全国の舞台で戦えるのは、無双状態と言われるのは。


今年が最後かもしれないと、思い始めた。

ずっと考えていたことがある。


俺が朔也や玖利から一年早く生まれた理由。

それはきっと…。


『第二試合勝者、若松高校先鋒・河野由紀さん。』


「後がなくなったな、玖利。」


「くぅ~!!!行ってきます!」


俺はガレージの方へと向かおうとする玖利の肩を叩き、一言だけ。


「俺を引っ張り出せ。」


俺のその声に、玖利は手を上げ応えた。













よし!よし!!!

二勝獲った!!!


相手チームはこれであと一人!

ウチ(若松)は後ろに沙紀も遼先輩も控えてる。


勢いに乗ろう。

このまま、勝つんだ。

コントロールライン上。


連続してのレースだから、私が先にグリッドについた。


マシンを止め、決して小さくないアイドリング音が静かに響く。

いつしか私の耳に聞こえる音は、次第になくなっていった。


静かに、静かに。

…。


…気配。


無だった私の頭の中に、何者かの気配が顕現する。

ぼやけ、小さかった音は、次第にその気配と共に近づいてくる。


「…ッ!!!」


ビリビリと、空気が振動する。

今まで戦ったことのない、強者の鼓動。

横を見れば、そこに居たのは。


極限まで歪んだエレキギターのような音色を奏でる…圧倒的な存在感。

窓越しに見える人畜無害そうな顔からは想像もできないほど、攻撃的な匂い。


遼先輩のそれともまた違う、別の存在。

自分とは住んでいる世界が違うのだと、この時点で分からせられるような…。


マフラーから火を噴き、そのメタルサウンドは私の脳天を直撃した。













「いよいよ玖利くん登場か…。」


「朔也はどっち応援するの?」


今の今まで考えてなかった。

どっちが勝っても、半分しか喜べなさそうだな。

昨日あんなワチャワチャしてたメンツが、今日はこうも離れた立場にいる。


それがすごく不思議な感じするけど、不快じゃない。

明確にどちらかを応援するというよりは、『仲いい友達がなんかやってら』くらいに見ている自分がいる。


「私は玖利くんを応援しよっかな。私のことを好いてくれているみたいだし…遼兄は応援せんでも強いからな。」


玖利くんの強さを甘く見ちゃいけませんぜ朱莉さん。

あの二人は系統こそ違うものの、双璧を成すほどの実力者なんだから。

この際だから、朱莉に気になっていたことを聞いてしまうことにする。


「で、玖利くんの印象はどうだったのよ。」


できるだけ、茶化さないように聞いたつもりだ。

しかしその返答は、あまりにも簡潔だった。


「かっこいいよ。」


想定していなかった答えだ。

朱莉がそんなことを言う性格にも思えなかった。

長年の付き合いだが、恋なんてするガラでもないと思ってたんだが…。


「鈴鹿に来れるほどの努力をしてる子なんてのは、みんなかっこいいものでしょ。それに…」








「私の楽器雑談に、折れずについてきた。ああいう根性持った子は、私嫌いじゃないね。」


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