速さの沙紀、強さの由紀
「はぁ…。もうキミたち占いでもやって生計立てたら?」
僕の予言は的中した。
もはや呆れてため息を吐く朱莉。
悪い方にばかり予想が当たる。
「マイナスのことしか言わないし当たらない占い師なんて、やっていけるわけないでしょ」
「ま、そりゃそっか。」
幸い、遼兄のマシンにダメージは無いみたいだ。
完走はできるだろう。
現状をキープすることができれば、若松の勝ちだ。
試合を左右するポジションに居るのは、トップツー。
あの二人の一年生が、どんな走りをするかにかかってる。
『次は右ッ!抑えて!!!』
『は~い…!!!』
ひっきりなしに、無線という形でチームプレイの跡が届いてくる。
最後方の俺からすれば、祈ることしか出来ないのだが…。
あの二人になら、任せられる。
『引き離せない…!』
『お姉ちゃん、ペースもう少し上げてッ…!!!』
由紀は苦悩していることだろう。
実の妹が自身を凌駕する才能を持っていることを知り。
そんな妹と比べられることもあるだろう。
だが、その苦悩は…近いうちに必ず実を結ぶ。
現時点での戦略は間違っていない。
入学前の経験がある由紀にしか、集団でのトップ走行は務まらないと俺は考える。
それを分かっているからこそ、単純なペースでは優れている沙紀を前に出すことをしないのだ。
由紀は、自分にできる範囲でペースを上げ続けなければならない。
沙紀に、後続に、煽られ続けようと。
そして、それができる精神力を由紀は持っているはずだ。
レースでトップを走行するにあたって必要になってくるのは、多少の『自己中心的思考』である。
ラインやブレーキングの優先権は、先行する車両が有している。
その優先権は、自分のために使うのだ。
そのためにラインの優先権は存在するのだ。
由紀はそのことをよく分かっている。
だから、多少後ろの方が速かろうと、由紀を抜くことは困難だ。
レースでは多かれ少なかれ、傲慢さやふてぶてしさが必要になってくる。
由紀はそれらを良い意味で持っている。
沙紀に先頭を任せれば、後続に攻め立てられた途端に自分のラインを明け渡しかねない。
レースは、タイムアタックの速さだけが左右するものではない。
タイムアタックはタイムアタックのラインどり、レースにはレースのラインどりがある。
よく言うのは、『速さ』と『強さ』は別であるということだ。
速いのは沙紀だろう。
まず間違いなく、それはそうだ。
ただし、レースにおいて強いのは。
確実に上位を狙えるのは。
『沙紀!イン締めて!!!』
『は~いッ!!!』
…良いコンビネーションだ。
二人は文字通り、生まれ持ってのコンビなのだ。
速さの沙紀、強さの由紀。
その二人がトップツーを独占したとき。
レースの支配力は、俺一人の状態を凌ぐだろう。
『二人とも、ファイナルラップだ。気張って行くぞ。』
「はい!!!」
『は~い!!!』
後ろの状態を確認しながら走っていたら、いつの間にか時間は過ぎ去っていた。
最後の一周。
遼先輩は私がトップを走っている間、声をかけ続けてくれた。
レイズアップシンフォニーが起動し、ホームストレートを翔んでいく。
このまま走り続ければ、私は鈴鹿のレースで優勝者の称号を手にすることになる。
でも…。
前半セクションをクリア。
コースで最もスピードが落ちるヘアピンを抜け、中盤の全開区間に入る。
バックミラーをチラと見る。
そこには、私のリアを突っつかんばかりに沙紀のマシンが張り付いていた。
やっぱり、そうだよね。
バックストレートを、ホームストレートエンドに迫る速度で駆け抜けていく。
タイヤはしっかりと路面に接地したまま。
私はまだ、鈴鹿の覇者に相応しい実力は持っていないと考えてる。
だから、あえて。
『…!?お姉ちゃん!?何してるの!?!?』
右にウインカーを出す。
「行って!!!沙紀…!!!」
この試合、一位でゴールするのは。
鈴鹿の優勝者の称号に、相応しいのは。
「沙紀、あなたの方が私よりも速い!!!」
クルマ一台ほどしかなかった、沙紀と後続のマシンの間に滑り込む。
ここから先に残っているのは、最終シケインだけ。
沙紀は15周、私を守り続けてくれた。
この数コーナーくらい、沙紀を守れなくてどうする。
私はあの子の姉だ。
だから!
「今日の勝者はあなたよ、沙紀。」
コントロールラインを、一足先に通過する沙紀のマシン。
ほんの数コーナーでも、私との差は少し開いた。
悔しくはあるけれど。
それに余りある満足感と達成感が、私を包み込んだ。




