煙たい1コーナー
野太いエンジンからの音と、甲高いトランスミッションからの音。
それらが同時に耳へとなだれ込む。
並ぶ。並ぶ。
並んでいる状態が当然であるかのように並び続ける。
成長甚だしいのは、俺以外の誰もかれもだ。
それが遅かれ速かれ、みんな高みへと昇ってきている。
「見違えたじゃないか、白石さん…!!!」
少なくとも去年のあの時に比べたら、とんでもない進歩だ。
俺は自分の速さに、それなりの自信は持っている。
そんな俺に、ここまで食い下がられちゃぁ…。
…良いねぇ…!
面白くなってきた…!!!
「…くっ…。」
攻略できない…!
さっきから自分の中では完璧なコーナリングを連発しているのに…!
あと100分の1秒、鼻先10センチの伸びが足りない…!
せめて、この場に居るのが私一人じゃなければ…。
せめてあと一人、私の援護に来てくれる人が居れば…!!!
「…すみません、援護を…応援をお願いします…!!!」
か細い声質ながらも、懸命に無線で呼びかける。
チームメイトが、救いの手を差し伸べてくれることを信じて。
私の悲痛な叫びは、確かにチームメイトの元に届いた。
しかし。
『そうしたいのは山々なんだが…』
返ってきた声もまた。
『3位4位の守りが堅すぎて、そっちまで行けねぇんだよ…!!!』
悲痛、そのものであった。
「沙紀!右から一台来てるよ!!!」
「は~い…!お姉ちゃんの方は大丈夫そうだね~」
堅牢な3位、4位ライン。
またの名を、河野シスターズ。
「お姉ちゃん、遼先輩たちは随分先まで行っちゃったみたいだけど…どうするの?」
コース後半の全開区間。
二台は後続を引き連れながら、最終シケインへと飛び込んでいく。
「私たちがこのポジションを守り切れば勝てるわ。」
由紀たちから遼までは、既に5秒以上のギャップが存在する。
万に一つ、遼がバトルに敗れるということがあろうとも、3位と4位のポイントがあれば勝利に大きく近づく。
遼から賜った作戦は決行できそうにもないが、勝てばいい。
由紀の中では、既にプランBが固まっていた。
ホームストレートに入る。
レースは15周目。
折り返し地点へと差し掛かっている。
「沙紀、私の後ろに着いて!風よけでペース上げるわよ!!!」
「りょ~かい~!!!」
時速200キロに迫ろうかという速度で、ホームストレートを駆ける。
未だに鳴り響き続ける『冬』が、各車を路面から引き離し。
宙を舞ったマシンたちは、そのスピードをより一層向上させる。
現状、トップ二台が突出しており、3位以降は数珠つなぎの様相を呈している。
1コーナーは高速コーナーであるがコース外にはグラベルが広がっており、速度の目測を誤って突っ込むと、コースに復帰してくるのは困難である。
そんな1コーナーに飛び込んだ、由紀が見たのは。
「…先輩ッ!!!!!」
やけに煙たい、1コーナー。
タイヤとアスファルトの摩擦から巻き起こったものと、砂埃。
その先にゆらりと現れたのは、もつれて絡み合い、コース外へと飛び出した二台の車影。
由紀と沙紀が、トップツーに浮上する。
「マズッたなぁ…!」
1コーナー、並んだまま突入。
続いていた集中状態が、張っていた糸を切るように途切れた。
長らく俺の耳には届いていなかった無線が、聞き取れるようになる。
『先輩ッ!大丈夫ですか!?!?』
トップから俺までのギャップは、既に15秒以上になっている。
グラベルから抜け出すのに手間取った。
流石にここからトップは狙えない。
フゥ…。
頼んだぞ。由紀、沙紀。
ここから先は、おまえたちにかかってる。
「大丈夫だ。」
俺と白石さんは、ほとんど同時にコースへ復帰。
最後方から追いかける。
「おまえたちの、力を見せろ。」




