異次元のふたり
『久しぶりだなァ…よく覚えてるよ、この感覚…』
無線越しに遼先輩の独り言が断続的に聞こえてくる。
先輩が私の声に反応したのは、さっきの一回きり。
集中してるのか何なのかは分からないけれど…。
昂揚…というよりかは、ハイになってるって表現の方が合ってるかも。
『朔也…見てるかァ…?あの時以来だ…これだけ長い時間、サイドバイサイドを続ける羽目になったのは…』
私が遼先輩の言葉を聞き取れたのは、そこまでだった。
と、言うのも。
「…速すぎる…ッ!!!」
声を聞くのに神経を持っていかれると、確実に置いていかれる。
二台はバトルしてるっていうのに、クリーンエアの私よりも確実に速いペースでコーナーをクリアしていく。
異次元だ。
戻りかけていた自信が、みるみるうちに崩れ去っていくのが分かる。
ここまでの領域で走らせる人が、私の手の届く範囲にいるはずがない。
離れていく…。
「…凄いね。遼兄と争ってる人、1周近く並んだままだ。」
最終コーナーを立ち上がる音が聞こえた。
まだ、まだトップ二台の勝負はついていない。
しかし…これは…。
「…危ないよ。」
「え?」
五年前のあの時と同じだ。
僕はすぐ後ろで見てたから分かる。
全く同じ挙動をしている。
「このままだとトップ二台、そんなに経たないうちにクラッシュする。」
「はぁ…遼兄といい、予言流行ってるの?地球は滅亡しないよ。」
噂に聞くとその予言は当たったらしいじゃないか。
当事者が言うのもアレだけど。
「とにかく、状況が同じなんだ。…五年前の、X1-Jr.GPと。」
五年前、ドイツ。
ニュルブルクリンクGPコース。
X1-Jr.GPは、全世界の15歳以下のドライバーを選抜して行われる。
青少年へのモータースポーツ促進活動の一環として開催された本大会に、トライアルを突破した新たな挑戦者が現れた。
その二人の日本人は、今回のレースにおいて強力な壁にぶち当たることになる。
地元ドイツの同世代最強ドライバーとして名を立てていた、当時12歳。
セラフ・ゲールティエス。
遼と同い年であった彼は、二人が今まで対峙した誰よりも速く…強かった。
「三位表彰台が関の山か…遼兄とトップが争ってくれさえすれば…。」
…いや。
それでも無理だ。
並んだまま1コーナーに突っ込んで行った両者を見て、悟る。
明らかに僕とペースが違い過ぎる。
レースは既にファイナルラップ。
トップツーのミスを、トラブルを、願ってしまった自分が居た。
そして、その願いは皮肉にも叶えられることになる。
最終コーナーの立ち上がり、並んだままの二台。
イン側に陣取っていた遼兄のマシンが、ブレる。
スキール音を響かせ、路面にブラックマークを残しながらリアがスライドする。
そのすぐ外側にいたセラフさんのマシンに、接触。
両者はそのまま遠心力に従い、コースの外へと弾き飛んでいった。
結果的に僕はその試合でトップチェッカーを受けることになる。
試合後、僕はクラッシュの現場に急行した。
万に一つでも怪我なんかしてたら大変だから。
でも、そこに居たのは…。
「『どう見てもオレがラインの優先権を持ってただろうが!!!』」
「『だけど、仕方なかっただろ!レーシングインシデントだ!』」
言い合いをする遼兄とセラフさん。
大柄な二人だったから、止めようにもどうしようもなかった。
僕がその場であたふたしているうちに、係の大人の方たちが二人を回収。
あたふたしていた僕だけが、その場にポツンと残された。
「そんなわけで、今の遼兄の状況は非常に危険で…」
「キミ、なんもしてないじゃん。」
「はい?」
「棚ぼたで優勝掻っ攫って、あたふたしてただけじゃん。」
「はいぃ…」
手厳し~。
いつものことだけど~。
…ハッ。
そんなことはどうでもいいんだよ!
トップの二台はどうなった…!?




