吹雪、雪崩、そして…冬。
7700回転、レッドゾーン付近まで回す。
エンジンの回転数が上がるにつれ、心臓の鼓動もリンクしているかのように拍数を上昇させていく。
赤熱した鼓動は、表情は、夏の陽気に融けて一体になる。
…はずなんだけど。
スタートのタイミングがバッチリ合って、沙紀の前に出た。
そんな私の目に映っているのは…。
「…白い…。」
スキー場の照り返しで日焼けしてしまうってのは有名な話だけれど。
それを夏場に体感するとは思わなかった。
真っ白な大雪高校のマシン。
しかし、遼先輩を追うそのマシンは、ひと際白く輝いて見えた。
…と、言うよりも…。
「…吹雪…?」
錯覚だってことくらい、分かってる。
でも、それでも。
あのマシンは、自身の周囲に吹雪を纏っているように思えた。
「…やはりやりますね。…星野くん。」
オープニングラップのコース中盤。
彼の走りには明らかな余裕が見て取れた。
私が全力で追っているというのに、私の後ろから追ってくる後輩たちに気をかけている。
『お手柔らかに頼むよ』…ですか。
そう懇願したいのは私たちの方だ。
…ですが。
ただ一人が速くても勝てないのが、この大会の面白いところ。
「…大雪の全体的なレベルは、若松のそれとなんの遜色もありません。」
私が星野くんを追い、後続を抑えきれば。
勝てない試合では、全くない。
「…チームメイトの皆さんへ。」
首に取り付けられたマイクを調節し、声を発する。
マシンの中、ピットの中。
グランドスタンドの中でも構いません。
私たちは共に戦う、チームメイトです。
さあ、行きましょう。
「…飛ばしていきますよ。」
グランドスタンドでは、楽器の音色が響き始めていた。
チューニングを行う音は同一の周波数で、さながらマシンのアイドリング音のようである。
「…いい音だ。」
「朔也にも分かるくらい、ね。」
「どういう意味?」
「そろそろホームストレートに遼兄が突っ込んでくるころかな」
「ねぇどういう意味???」
朱莉の言葉には確実にトゲがあったように思えたが、僕の勘違いだろうか。
全国区の音楽隊は流石というべきか。
一糸乱れぬという言葉がよく似合う。
それは素人の僕にもよーく分かります。
「…来るよ。」
最終コーナーの奥の方から、絡み合うエキゾーストノートが響いてきた。
それと同時に。
「…!」
すぐ真横から聞こえてきた音に、朱莉の目の色が変わった。
「…そうか…やけに今日は弦楽器が多いと思ったら…。」
「この曲は僕でも知ってるぞ…!」
若松高校は電子吹奏楽部すらも相手の土俵で戦おうというのか。
これはリスペクトであるか、挑発であるか。
ギリギリのラインだと思う。
レイズアップ・シンフォニーの起動中は、両校が同じ楽曲をアンサンブルする。
選択された楽曲は、『四季・冬』。
クラシックを現代風に、疾走感あふれるアレンジを施して。
よくもまぁ、この真夏にやってくれたもんだよ。
グランドスタンドが、雪崩に呑まれていく。
バックミラーに映る白い影が、どんどん大きくなってきているのが分かる。
いつしか俺の視界は、白く…白く染まっていく。
雪景色の鈴鹿ってのも、オツなものかもしれないな。
…とか言ってる余裕は…なさそうだな。
1コーナーの飛び込み、吹雪の出どころが横に並びかけてくる。
「…速い…!」
インを締めるのが間に合わない。
並ばれる…!
高速の1~2コーナーは、連続した右コーナーである。
イン側に陣取られれば、よほどのことが無い限りオーバーテイクされる。
…ただ。
その『よほどのこと』っていうのは…。
『相手が星野遼である』ってのも十分条件だ…!。
「遼先輩!!!」
1コーナーで並ばれた…!
行かれる…っ!!!
見てれば誰もが、1年間難攻不落だった遼先輩が墜ちたと思っただろう。
だが。
事を一番近くで見ていた私には、見えたんだ。
1コーナーから2コーナーへと続く、気持ちばかりのストレート。
辺りを凍らし続けていた白い結晶を。
遼先輩の炎が溶かしていったのが。
ありえないと思うけど…それは業火と言って差し支えなかった。
2台は並んだまま、次なるS字区間へと入っていく。
『由紀…呼んだかァ…?』
「…!!!」
分かる。
声色で分かる。
遼先輩、昂揚してる。
遼先輩のこんな声、今まで聞いたことが無かった。




