入部希望!
4月、都内某所。
私立笹井高校、入学式。
「でっかいなぁ…。」
思わず声が漏れる。
校門をくぐると、足元には影が落ちていた。
それを作り出していたのは。
「これがこの学校が保有するサーキットってわけね」
敷地内の外周を囲うように柱が刺さっており、その上には道路。
今いる場所から見ると、まるで高速道路の高架下にいる様な錯覚を起こす。
所々曲がりくねった場所もあり、まさに上空に浮かぶサーキットのようだ。
その中心に鎮座するのが校舎。
今の時代、私立高校はこのように大規模な土地と施設を擁するのが主流となっている。
公立高校の自動車部は、こうした私立高校のサーキットを借りて練習を行うことが多い。
「でも、よかったのか?朱莉。」
「ん?なにが?」
随分と遠い、校舎に向けて歩きながら。
「若松の方が電子吹奏楽も強いんだろ?遼兄もいるし…」
僕は前々から進学するならこの学校、と決めていた。
家から近いのもあるし、何より自動車部の施設が充実していた。
鈴鹿に行くという成果こそまだ出ていないものの、将来性を感じたのだ。
だが、別に朱莉はここを選ぶ道理は無い。
「だって、向こうは遼兄が卒業したら私ひとりぼっちじゃん。寂しいからやだ。…それに」
「それに?」
「弱い方についた方が面白い。」
言うね。
僕が傷ついても知らない感じか。
この吹っ掛けられたケンカを買うと、まず間違いなく僕が泣かされるので大人しくしておく。
僕かしこい。
入学のための儀式を一通り終え、各部活見学をすることに。
僕も朱莉も、入部するところはもう決まっているのだが…。
「せっかくだから体験だけ、色んな部活行ってみようよ」
そんな軽い気持ちで色々見て回るつもりが。
卓球
朔也2-11朱莉
バドミントン
朔也1-21朱莉
ボウリング (!?)
朔也92-228朱莉
「ゼェ…ゼェ…」
「じゃ、私は電子吹奏楽部に行くので。…大丈夫そ?」
朱莉さん。
ちょっと朱莉さん。
あなたなんで音楽をやっているの?
「えー、楽しいから?」
「ナチュラルに心を読まないでください」
とんでもねえ人だよ本当に。
私立高校の校舎は、とにかく広い。
それは、前述したサーキットがあるためなのだが。
それにしたってかなりの大きさだ。
エンジン音の響く外周までは、校舎から歩いて10分くらいかかる。
その道中には、各部活の練習場やら図書館やら。
果ては公園なんかもあったりする。
大都会・東京のど真ん中とは思えないほど緑が豊かで、春になってようやく飛び始めた蝶々たちが辺りを彷徨っている。
近年になって犯罪率が低下したことにより、校内を他校の生徒はもちろん、老若男女誰もが自由に行き来することができる。
途中で通りかかった公園では、子供たちや老夫婦が思い思いの過ごし方をしていた。
さて、そんな辺りの様子を眺めながら、僕が到着したのは。
けたたましい音と共に、文明の象徴が闊歩するサーキット。
周りの自然を切り裂いて…という表現は不適切かもしれない。
他の施設よりも一段高い場所にあるそれは自然と完全に共存し、溶け込んでいた。
小高い丘の上には、ホームストレートとピット、そして観客席が1つの建物となって鎮座している。
その建物の左右からコースが伸びており、高校敷地内をぐるりと一周する形だ。
僕は屋内に入り、ピットを目指す。
響き渡る金属音を頼りに、活動している場所を探す。
「入部希望かい?」
「うわっビックリしたァ!」
恐る恐る中の様子を窺っていた僕のすぐ後ろから、いきなり声が聞こえてきた。
振り返ると想定よりも相手の顔が近くにあったため、おでこ同士が勢いよくぶつかる。
「「ぐぉぉぉぉぉぉ…」」
二人して頭を抱えて悶絶していると、僕が覗いていた方からまた1人、男性が歩み寄ってくるのが分かる。
一連の騒ぎでこちらに気づいたらしい。
「何をやってんのキミたちは」
こっちが聞きたいんですけどね。
「頭大丈夫ですか?」
「悪口かい?受けて立つよ」
「違う違う違う」
どこか抜けてるというか、天然ボケをかましてくるのは、さっき僕と頭の硬さを比べた人。
結果はトントンでした。
「まったく…もう少し距離感を考えなさい。…彰、聞いてる?」
お説教の担当は、うずくまって唸り声を発していた僕たちを発見した、小柄な男性。
保冷剤代わりの、キンキンに冷えたスポーツドリンクを手渡してくれる。
「一応聞いてはいるよ、ぶちょー♪」
恐らく聞いていませんね。
部長と呼ばれたこの人にもそれは伝わったようで。
ため息をフゥとついて肩をすくめる。
「まぁいいや。キミ、入部希望?」
「あっ、はい。そうです」