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『若松』としての驕り

8月某日。

準々決勝当日。


『両校のオーダーを発表します。』


場内放送は、鈴鹿の隅々にまで行き届いていた。


『若松高校一番グリッド、星野くん。』


コントロールライン上に整列した両チームのメンバーの中から、遼が手を上げ声援に応える。


『二番グリッド、河野沙紀さん。』


快晴、満員御礼。


『三番グリッド、河野由紀さん。』


元よりこの両校の戦いは、注目カードとしてとりだたされていた。


『四番グリッド…』


立っているだけでクラッと来るような、灼熱。

路面温度は60度を数え、気温も40度に迫ろうかというところ。

まさに、危険な暑さであった。


『大雪高校一番グリッド、白石さん。』


そんな灼熱の鈴鹿に吹く、一陣の冷風。

彼女は確かに、涼やかな空気を纏っていた。


「よろしく。お手柔らかに頼むよ。」


「…誰が言ってるんですか。」


氷の女王は苦笑して、差し出された覇者の手を取る。

この瞬間、彼女の周りに在った冷気は霧散し。

会場の熱気と混じり合う。


覇者のオーラと、女王の冷気。

二人がぶつかり合うその時、何が起きるのか。


その答え合わせが、今から始まる。













「手持ちの扇風機って涼しいのかね。」


「気温が体温より低ければ涼しいかもしれないけど…今じゃムリでしょ」


気温が36度を超えたあたりから、避暑の手段が急速に限られていく。

保冷剤やらなんやらもぬるくなってしまえばおしまい。

冷房の効いた室内に逃げ込むか、暑さを忘れられるほどの何かを見出すしかない。


頼むぞ、遼兄。

僕たちから、この暑さを忘れさせてくれ。












「エンジン始動。」


『了解です。』


『は~い!』


観客の声だけが響いていた鈴鹿に、ひと際攻撃的で威圧的な轟音がこだまする。

マフラーから排気されるその轟きは、電波を通じて全国へと到達していることだろう。


「作戦はミーティング通りに。俺が白石さんを抑えておくから、沙紀と由紀は隙があったら俺の後ろまで上がってきて。」


『がんばります!』


『…。』


快活な沙紀とは対照的に、由紀から返答の無線が届いてこない。

天才肌の妹を持って、自信を失っているのは俺にも感じ取れている。


今まで自分が積み上げてきたモノを、たった数か月で同じ場所…あるいは、その上にまで立たれてしまったというのはショックが大きいだろう。

その気持ちは、大いに分かる。


ただ、でもな。

この試合、必ず由紀の力が必要になる。

俺の中では既に試合の顛末が映像化されている。


必ずだ。

由紀が居なければ、この試合は勝てないだろう。


だから、俺はあえて返答を求めるよ。


「由紀、返事は?」


『…あっ…分かりました。すいません』


よし。

今はそれでいい。

走っているうちに、分かるだろう。


キミがどんな素晴らしい実力を持っているか。

たとえ、遠ざかっていく妹の後ろ姿に絶望しようと。

キミの積み上げてきたモノは、そんなもんじゃないはずだ。


「…OK。始まるぞ。」


シグナルはオールレッド。

ここからは俺も集中だ。


まずもってスタートで前に出られなかったら、作戦を練り直さねばならない。

全神経を頭上のシグナルへと向ける。


赤く灯っていたそれが、全て消えるとき。


人間の反射神経の限界は、0.1秒だという。

限界を超えるとは軽く言うが、限界は超えられないから限界なのであって。

どちらにせよ、0.1秒よりも速く反応したらそれは反則になってしまう。


なんて、どうでもいいことを考えるほどに。

時間がゆっくりに感じられる。


オールレッドからブラックアウトまでの時間は、長く見積もっても2~3秒。

レース前のそんな短い時間に、余計なことを考えてしまう。


本来ならばそれは邪念として切り捨てるべきなのであるが。

今日の俺は、なぜかそれができずにいた。


浮足立っていたのだろう。

それはなぜか。


この試合が、今年の俺たちにとって初めて『チームプレイ』ができるであろうゲームだから。

手強い相手は、レースにおけるスパイスのようなものだ。


そんなことを言うと調子に乗っていると思われかねないが…。

確かに、負ける気はしてない。


だが、それは『俺』の驕りではない。

『若松』としての驕りだろう。


それは決して悪いものではないと考える。

言い換えてしまえば、いわば『全てのドライバーに対する信頼』なのであるから。


…さぁ、そろそろかな。


オールレッドから2.4秒。


俺はこの間に、レースを一度終えるレベルの思考を行った。


疲れちゃいないさ。

むしろ、丁度いい準備運動になったよ…!


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― 新着の感想 ―
やっぱりちょっと由紀さんが心配です(;´・ω・) 遼さんは由紀さんもちゃんと参加してのチームプレイで勝つ作戦があるようだけど、由紀さんがちゃんとできるか心配です! メンタル追い詰められていたり、弱気に…
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