氷の女王
「準々決勝の相手は大雪高校…か。」
暑さをしのぐため、鈴鹿サーキット敷地内のカフェで雑誌をペラペラとめくっている。
電子媒体が登場してから半世紀以上が経っているが、未だに高校スポーツの特集雑誌は息をしている。
それには余計な情報が入っておらず、分かりやすくまとまってる。
だから俺は、対戦相手の情報収集に限っては紙媒体派を貫いている。
ま、そんなことはどうでもよくてだな。
店内モニターで中継している試合の様子もチラチラと確認しながら、情報収集に勤しむ。
大雪とは去年戦った。
顔なじみも何人かいるが…。
全国大会の準々決勝にまで上がってくる実力だ。
生半可な覚悟では喰われかねない。
王者としての振る舞いは、時として驕りになる。
いくら世間でもてはやされているとしても、挑戦者としての自覚を持たねば。
その時、カランコロンとカフェのドアが開く音が聞こえた。
純白のユニフォーム。
雪の結晶を模った校章。
肌の白さから、より引き立つポニーテールの黒髪。
間違いない。
大雪高校のエース、白石唯華だ。
昨年度。
『準決勝もいよいよ大詰め!戦いは大将戦にもつれ込みます!!!』
準決勝第一試合。
神奈川代表・大雪高校 1年生・白石唯華
東東京代表・若松高校 1年生・星野遼
『1年生エース同士の対戦!名門である両校の名だたるメンバーを退けて、一年目にして大将に成り上がった二人の対戦になります!!!』
鈴鹿における全国大会の準決勝以降は、勝ち抜き戦で行われる。
各校、先鋒・中堅・大将の三名を選抜し、一対一のレースを順に行う。
大将vs大将のみ10周行い、その他は5周で行われるハイパースプリントバトルである。
この場に立つことを許されたのは、1年生にしてその実力を認められた二人。
まだ若い、あまりにも若い二人に、『大将』の重圧がのしかかる。
「よろしく。白石さん。」
「…はい。星野くん。」
この試合、まず若松の先鋒が大雪の先鋒、中堅を相次いで撃破。
だが、そこに待ったをかけたのが彼女だった。
唯華はそこから二連勝で、遼を引きずり出す。
コントロールライン上に停車した両校のマシン。
その真ん中に二人は立ち、握手を交わす。
それまでずっと俯いていた唯華は、その瞬間だけ顔を遼に向け。
「…よろしくお願いします。」
ふっと微笑んだ。
「偶然だな。白石さんもお茶しに?」
俺は入店してきた彼女を呼び止め、対面の席に座ってもらった。
白石さんは俺の顔を見ると、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに握手を交わしたあの時のような笑顔に変わった。
「…はい。星野くんがいるとは思わなかったけど。」
特徴的な落ち着いた声は、俺に去年の戦いを思い出させる。
「…星野くんも、コーヒー飲むんだね。」
彼女は雑誌を開いていた俺の手元を見やり、そう呟いた。
「ああ。涼しい所で情報収集したかっただけなんだが、なにも頼まんのはいかんと思ってな。」
「…そっか。」
少しだけ寂しそうな表情を見せたあと、俺が開いていた雑誌に目を移す。
俺が開いていたのは、丁度大雪高校のページ。
次戦のための他校調査をしていたのだから当然だ。
俺は大きく書かれた白石さんの紹介文を見つけると、彼女に見せながら。
「見てよこれ。『氷の女王・白石唯華』だってさ。俺もこんな二つ名ほしいわ~」
「…恥ずかしいです」
白石さんは色白の顔を少しだけ赤らめて、雑誌の写真を手で押さえた。
まあ捉え方は人によるよね。
俺も、俺に似合い…かつ、見合う二つ名を付けてもらう。
それまでの間は、ただ、突き進むんだ。
俺の、俺だけの。
覇道を。
しばらくすると、星野くんは私に挨拶を残して帰ってしまった。
大好きなコーヒーを、息を吹きかけた後に啜る。
私はたとえ夏だろうと、コーヒーはホットだと決めている。
アイスコーヒーはなんだか香りが落ちるような気がしてならないのだ。
こんな高校に入ったし、こんなナリだから、『氷の女王』なんて呼ばれるようになってしまったけれど。
ホットコーヒーを飲んでたらキャラに合わないとか言われちゃうのかな。
でも、少なくとも星野くんは言わなかったよね。
そんなところまで見ていないだけかもしれないけれど。
…ふぅ。
人と話すのはあまり得意でないけど…。
一人でいるのは、それはそれで寂しい。
もう少し引き留めればよかったかな。
彼と次に会うのは、サーキットの上になるだろう。
現時点で。
私が負けたことがある人は、彼だけだ。
星野くんは、私なんか敵じゃないくらいの実力を持ってるはず。
去年のあの日まで、私は逆に自信を持てていなかった。
勝っても勝っても、なんの手ごたえもなかった。
みんなが私を勝たせようとしてくれているのかと勘繰ることもあった。
でも、準決勝のあの日。
大将戦の試合前に対峙した星野くんは、今まで対戦した誰よりも強いと私なりにも感じ取れた。
にこやかに手を差し出してくる星野くんは、私の『氷』を溶かしてくれたんだと思う。
って言うと、ちょっとあらぬ方に誤解されそうかも。
でも、それは本当にそうで。
あの時星野くんが私をこてんぱんにしてくれなかったら、今頃私はどんな人になっていたのか想像もつかない。
だから。
感謝してるよ、星野くん。
この恩返しは、次。
貴方に勝つことで、払わせてもらいます。




