夏の空の色が濃いワケ
「夏の空って、なんで青が濃いんだろうね」
「ん?それはね、諸説あるね。」
「諸説あんの???」
「いや、知らない。適当言っただけ。」
8月。
世間は夏休みに入り、気温はピークを迎える。
学生たちの熱は、日本の中心から少しずれた場所へと集中していく。
鈴鹿。
その場所へと懸ける想いが最も強かった者が、その場所に立つ権利を勝ち取る。
プラカードに導かれ、ホームストレートを闊歩する選手たち。
その様子を眺めながら、空の青さについて語らっていた。
「結局、去年とやってる事変わらないね。」
「ま、別にいいんじゃない?私は現状維持肯定派だからね。」
「朱莉はそうなんだ。僕はどっちかと言うと前に進みたいかなー。」
朱莉は、僕に気を遣ってそんなことを言っただけかもしれない。
遼兄から聞いたんだ。
彼女は、僕以上に悔しがっていたと。
だとしたらそれを否定する今の返答は、あまりよろしくなかったのでは…と反省する。
「ほんっっっとうにごめんなさい!!!!!」
TOKYO R246からの帰り際。
荷物を背負って撤収する、その時。
僕の後ろから息を切らして走り込んで来たのは、玖利くんだった。
「あの接触は、ぼくが原因です…!コーナーの進入でマシンのノーズは朔也くんの方が前に出ていた…なのにぼくはラインを残せなかった…!」
半べそになりながら必死で頭を下げる玖利くん。
全く責めるつもりはなかったし、もう終わったことだ。
気楽に返事をしようと思った。
「『Just an incident』だよ、きゅうりくん!」
ヨーロッパ時代によく聞いた言葉で、親指を立てて彼を励ました。
積車に競技車を積み、臨時の運転手さんに引き継いだ。
積車からトントンッと降りて、頭を下げ続けている玖利くんに駆け寄る。
彼も誘ってしまおう。
朱莉に会えるとあれば喜ぶはずだ。
今一度親指を立て直し、それを自分の後ろの方へと向ける。
「今から打ち上げやるんだ。一緒に来ない?」
玖利くんはその提案に目を丸くして。
後ろに立っていた紅葉高校の先輩たちの顔を見回した。
「なんで俺らの方を見るのよ」
「許可なんていらんぞ~。行ってこい!」
「オレは玖利のかーちゃんじゃないぞ。…まぁそれも悪くないな…」
良い先輩たちを持ったね、きゅうりくん。
「じゃ…じゃあ、ご一緒させてください!」
その返答を受けて、僕は玖利くんの肩に手を回し。
彰先輩と部長さんの待つ方へ向かおうとすると…。
「西条朔也くん。」
紅葉のキャプテンに呼び止められた。
僕と彼には今の今までほとんど面識はなかった。
しかし、僕は彼のことを充分に良く知っている。
30周、同じレースを走った仲だから。
「本当に良いレースをさせてもらった。感謝してもしきれないね。」
振り返ると、紅葉の選手全員が帽子を取って頭を下げていた。
「こちらこそ、ありがとうございました。今年は若松をぶっ飛ばしてやってください。…来年は負けませんよ。」
僕はキャプテンに歩み寄り、右手を差し出す。
がっちりと握手を交わすと、お互いにニヤリと笑い合う。
「来年は後輩たちが世話になる。存分にしごいてやってくれ。」
「ハハハッ!頑張りますね!」
辺りからは『ちょっ、先輩!?!?』といった声が散見された。
レース中は闘争心むき出しな彼らも、終わってみれば。
ただの年の近い友達同士なのだ。
「朔也くん。」
「ん?なに?」
彰先輩と部長さんの方へと向かう途中。
玖利くんは自信なさげに問う。
「これで、良かったんですかね。」
何を言うか。
「良かったよ。全力を出し切った玖利くんは、やっぱり速かった。」
僕も今日は完全燃焼だ。
ただ、来年。
来年は、もっと燃料を増やして、火の勢いも強まった…超完全燃焼を目指そう。
僕は鈴鹿に…化け物になりに行くのだから。
「あの子はどうなったの?あの後連絡先とかも貰ってないんだけど。」
「え、そうなの」
だとしたら玖利くん、一目惚れしましたっつって帰っただけの人じゃん。
この鈴鹿の全国大会期間中も、僕の仕事は尽きなさそうだ。
選手として頑張った後は、キューピッドのバイトか…。
「とりあえず、僕経由で渡しておくよ。」
朱莉に玖利くんの連絡先を送信。
すると。
「…なんか返事来たよ?」
はい???
そんなわけはない。
今は開会式のセレモニー中なはずで…。
ふと、手前の方にいた紅葉高校の列が目につく。
「…開会式中に端末いじってんじゃん」
僕がリタイアした後よりも動揺しているのがよく分かる。
ダメだよ。真面目にやんなきゃ。
はぁ…。
「で?何の話してたっけ。」
「空の色の話してたところまでなら覚えてるけど。」
夏の空の色は、確かに青が濃い。
今日この時も例外ではなく、あちこちに点在する白い雲とのコントラストが美しい。
本当の理由は分からないけれど。
若松の深緑は、濃青に良く映えるんじゃないかな。




