一般高校生
『東と西条が接触!!!東と西条が接触ッ!!!』
モニターには、タイヤバリアに側面から突っ込んで動かなくなった朔也のマシンが映し出されていた。
『なんということか!ファイナルラップ、最後の最後でトップ二台に波乱が発生したッ!!!』
映像は、ペースを落としているもののトップに成り代わった玖利のマシン。
明らかに動揺している様子が、外から見ても分かる。
「…遼兄、これ分かってたの。」
朱莉の手には、7割方食べ終わったバナナが握られていた。
「あー…結果的にはそういうことになる…が、こんな幕切れとは思わなかったな。」
遼も言葉を失っていた。
地区大会の決勝戦。
それがこんな、ドラマチックと言うにはあまりにも残酷な形で幕を下ろすことになろうとは。
「あの状況じゃ、どっちも悪くない。レーシングインシデントだ。」
どちらも引くことはできなかった。
玖利の仕掛けるポイントはいたって正常。
朔也も玖利に対して一車身分のマージンは残していた。
しかし。
あの瞬間、微細な路面の凹凸が、両者のハンドルを少しだけ動かした。
「運が悪かったとしか言いようがない…あのまま玖利と朔也のバトルが続いていたら、本当にどっちが勝ってもおかしくなかった。」
玖利が1位でゴールした。
それに続くように、彰ら後続のドライバー達も続々とフィニッシュラインを通過していく。
ただ、一人だけ。
そのゴールテープを切れなかったのは、一人だけだった。
「…運が悪かったとか、言わないでよ」
朱莉は初めてモニターから目を逸らす。
「笹井のスローガンは、『人車音一体』だった。みんなが一体になって、レースを組み立ててた。」
目を離したモニターには、マシンから降りてホームストレート上に佇む朔也が映っていた。
「私は初戦のちまっとした仕事しかできなかったけど、それでもみんなと一体になれた気がして嬉しかったんだ。」
朔也はヘッドセットを頭から外し、ピットの方へと歩いていく。
「だから、そのみんなの頑張りを『運』で片付けるのは…なんかヤだ。」
「そうか…すまん、朱」
「ねぇ遼兄」
俯いていた朱莉が顔を上げる。
自らの方を向いた朱莉の表情を見て、遼は驚きを隠しきれなかった。
「私を担いであの場所に連れてってよ。朔也がここに来るまで、待ちきれないや。」
遼が朱莉の泣き顔を見たのは、後にも先にもこれっきりだった。
西東京大会決勝戦、最終リザルト
紅葉高校:61ポイント
笹井高校:40ポイント
優勝者、東玖利
「おかえり、朔也クン」
「すみません、僕…」
「謝るな。ボクたちには来年がある。」
部長さんが背伸びをして僕の頭を撫でる。
あと1周だった。
あと1周で…。
「この後、どうする?」
自然と目線が下がりかけていた。
そんな僕の顔を、再び上に向けさせたのは、彰先輩の声だった。
小首を傾げて僕に語りかける彼は、いつも通りの優しさをいつも以上に表面化させているように感じた。
「鈴鹿に行くお友達が2人もいるんだろ?」
「名門校の試合は勉強にもなる。夏休みは鈴鹿と東京のシャトルランだと思っておきな♪」
二人はそう言って笑う。
僕もそのつもりだった。
たとえ一人だったとしても、今年も鈴鹿に行っていただろう。
選手としてコースに立ち入ることは叶わなかったが、あの場所は何か特別な気持ちにさせてくれる何かがある。
「でも、オレが言いたいのはそれじゃなくって。この後ってのは…今日、この後どうするかって話だよ♪」
「うし、残念会でもやるか。」
お二人とも、だいぶ乗り気だ。
たった今、負けたばかりだとは思えないほどに。
そんな二人の気に当てられて、こみ上げてきていた涙の気配が落ち着いていくのが分かる。
でも、僕には一つ気がかりなことがあった。
「一つ確認しておきたいことがあるんですけど。」
「ん?なになに?」
荷物をまとめ、その場から撤収する作業が始まっている。
僕もしゃがみ込み、水筒やらなんやらをかき集めながら。
顔だけ二人に向けて、問いかける。
「お二人は病院関係者に怒られる覚悟、できてますか?」
「それじゃ、決勝戦お疲れさまでしたということで!」
最寄り駅のファミレス。
四人席には収まりきらない学生の団体が、混雑のピークを過ぎた時間に押しかけた。
時刻は午後八時。
ラストオーダーまでにはまだ時間がある。
ドリンクバーの元を取ることも十分に可能だろう。
決戦の熱が冷めやらないというよりかは。
別の熱へと移り変わったという表現の方が適切かもしれない。
『かんぱーーーい!!!』
そこに居たのは、レーサーでもなんでもなく。
ただ単にお祭り騒ぎが大好きな、一般高校生たちだった。




