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レイズアップ・シンフォニー  作者: 紫電
始まりの夏
20/29

異国の過去回想

五年前、イギリス。

X1-Jr.GPトライアル、最終選考当日。


既に候補者は10人に絞られていた。

最終選考の内容は、レーシングカートによる20周のレース。


二次選考までの成績順に並んだマシン。

その上位三台には、いずれも日本人の名前が刻まれていた。


R.Hoshino

H.Azuma

S.Saijo


三者はこの一か月で、親友となった。

ヘルメットを被る直前まで、何とはなしに雑談を交わしていた。

その空気は、あまりにも和やかだった。

三人が揃いも揃って、『この時間を終わらせたくない』と思うほどに。








『5 Laps to go. 5 Laps to go.』


15周が過ぎ去るのは、瞬きの間に収まるほど早かった。

既に最終選考の四分の三が終了しているという事実が、3位を走る朔也を焦らせる。


4位以下は大きく離れている。


トライアル合格権を争うのは、この上位三台に絞られた。

朔也も玖利を激しく攻め立てるが、突破口が開く気配はない。

残り周回数はどんどん少なくなっていく。


4。

3。

2。


ギャップは0.2秒、テールトゥノーズを維持したまま変わらない。

そして、勝負はファイナルラップへともつれ込んでいく。


動かない。


実際には時速100キロで前へと進んでいるはずなのに、朔也の視界に映る前二台は全く動いていなかった。

この時点で朔也は、相手に何らかの大きなミスがない限り、自身のポジションアップが見込めないことを理解していた。


しかし、ここまでノーミスで頭を張り続けていた二台が、そう易々とポジションを明け渡すようなミスをするはずがないこともまた、理解し難いことではなかった。


もしくは、あるいは。


最終コーナーを立ち上がる。

遼と朔也は完全に同一のラインを通った。

俗に言うレコードラインというやつである。

ココが最も速く、最も効率的にコーナーを抜けられるライン。


だが、朔也の目に映る景色が、レーススタートぶりに動く。

2位を走っていた玖利が、マシン一台分アウト側に膨らむ。

明らかに不自然なラインだった。


もしくは、あるいは。


何者かが故意的に自らの勝利を明け渡すようなことがあれば……。








「いやー、負けちゃいました!遼さん、朔也くん、大会頑張ってくださいね!」


明らかにわざとらしい声色だった。

しかし玖利は特に後悔の念も感じさせず、清々しく言い放った。

遼と朔也は喜びよりも困惑が先に来ているようで。


彼らほどのドライバーにもなれば、玖利が何をしたのかは一目瞭然であった。

なぜ、そんなことをしたのか。

まだ幼い彼らは、それを知る手段を一つしか知らない。


遼が問う。


「なんであの時、アクセルを抜いたんだ。」


素直に訊く。

ただそれだけ。


しかし、それを聞いてすっとぼけるほど、玖利の演技は一貫していなかった。

きっと、彼なりの考えがあったのだろう。

本人が語らない事には、その真相は分からないが。


ヨーロッパ在住の自身はまだチャンスが多いから、二人に譲ろうと考えたのかもしれない。

仲良さげな二人を見て、自分が割って入ることを憚ったのかもしれない。


玖利は少し寂しそうに笑ってみせた。


「だって、トライアルに合格できるのは二人だけ…でしょ。」













空きが無くなったグランドスタンドが、レースが近いことを告げている。

楽器のチューニングを行う音とマシンのアイドリングが、異種族ながらハーモニーとなって、東京の狭い空にこだまする。

西東京の頂点を決める、鈴鹿への挑戦権を決める戦いが今から始まるのだ。


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