紅葉高校《木々が色づく前の覇者》
7月某日、AM6:00。
TOKYO R246・ホームストレート。
既に東東京大会はこのコースにて、若松が鈴鹿への参戦権を手にしている。
夏至は過ぎたが、夏本番。
既に太陽はビル群の隙間から顔を覗かせている。
「おはようございまーす!あっ、おはようございまーす!!!」
現場にいち早く到着していたのは、今が旬の夏野菜…もとい、東玖利。
「早いな、玖利。てっきり俺が一番だと思ってたんだが…」
「いや~、楽しみで四時台に起きちゃいましたよ!」
心底驚いた表情で、チームを引き連れた紅葉高校のキャプテンが到着した。
玖利はマシンに突っ込んでいた頭を引き抜いて、笑ってみせる。
「レイズアップシンフォニーの接続もバッチリです!こんな大事な試合で途切れたら困りますからね!」
ボンネットをバンと閉め、定位置に収まりにいく玖利。
その背後から声が響く。
「きゅうりくん、それはウチに対する皮肉かい?」
「朔也くん!早起きだね!」
「いや誰が言ってるのさ」
紅葉の集団の後ろに、いつの間にか陣取っていた西条朔也。
グランドスタンドはまだガラガラ。
本当に選手たちがちらほら居るだけのサーキット。
「とにかく、今日はよろしく。久しぶりに戦えて嬉しいよ」
朔也が差し出した手を、玖利が取る。
その手が離れてすぐ、別れ際。
朔也の表情は笑顔から、戦う顔つきに変わる。
「今度こそ、本気のキミとレースをしたい。」
それだけ言い残して、朔也は去る。
玖利も思うところがあったのか、朔也を呼び止めて。
「…約束する!」
拳を合わせた。
「…そうだ、朔也くん!」
遠ざかる朔也の背中に呼びかけるのは、どんな重たい言葉かと思えば。
「朱莉さんによろしく言っといてね!!!」
肩すかしを食らって膝を折る朔也。
今日は来ないと思うぞ、玖利。
「おつかれ。」
「あれ、遼兄じゃんおつかれ。現地行かなくていいの?」
今日は静かな病室。
だが、これからは騒がしくなるかもしれない。
「いや、一人で観るのは寂しいかと。」
「おぉー。優しいじゃん」
朱莉はおむすびを頬張りながら、JHMC中継が始まるまでのニュースを眺めていた。
「それに、一人にしてたらまた病院から飛び出しかねないと思ってね。」
「百理ある」
「どうしてもアレな展開になったら、俺が担いで行ってやるよ」
「話分かるね。さすが遼兄。」
画面が、中継に切り替わる。
おむすびの最後の一口を咀嚼し終え、包んでいたラップをおもむろに遼に渡す。
遼は特に文句を言うことなくゴミ箱にそれを捨てた。
「ぶっちゃけた話さ、コレどっちが強いの?」
「…。」
嘘みたいな質問が、朱莉から飛んだ。
そんな高校スポーツの醍醐味を全て無視したみたいな質問だったが、遼は特に気にする様子もなく考え込む。
朱莉の性格はよくわかっているし、この質問も想定通りだった。
確定してないのが面白いんじゃないか、とかいう返答は、彼女に対しては野暮だ。
「どっちが強いか、というよりかは…どっちが勝つか。という問いで間違いないか?」
「あー、そうそう。それだわ。悪いね」
「そうねぇ…」
遼は今まで見た両者の走り、そして言動や性格を、直近のモノから遠い過去のモノまで洗いざらい捜索してみる。
もちろんこれは朔也と玖利のみの戦いではないのだが、その二人がキーマンであるということは疑う余地もなかった。
この二人の性格からして両者が争った場合、その戦いに夢中になるあまりどちらか一方が致命的に遅れるという可能性も考えなくてはならない。
そして、遼の捜索は幼少期にまで及んだ。
かつて三人で切磋琢磨し合ったあの時。
あの時、彼は何を言っていた?
「なんであの時、アクセルを抜いたんだ。」
「だって…。」
「トライアルに合格できるのは二人だけ、でしょ。」
「朱莉。」
「はいはい?」
長い沈黙を破って、遼が意識を過去から現在にまで戻してきた。
首を回し、頭の後ろを掻く。
「なんて言ったら良いもんかわからんけど、な。」
画面の映像は、丁度両者を映し出していた。
「笹井は…朔也は。」
木々の深緑は、笹井の新緑と紅葉のオレンジの丁度真ん中。
二つの季節の真ん中から、少しだけ秋が近づいていく。
「負ける。」
「…そう。」
朱莉は眉一つ動かすことなく、手元のペットボトルを飲み干して。
また、その容器を遼に渡した。