きゅうり
「星南が初戦で消えたか…。」
紅葉高校、ピット内。
15周コールドで初戦を突破した直後。
試合後の選手たちは片づけをしながら、手元の端末で好敵手の敗北を知った。
「去年の二年生以下は粒がそろってたし、今年は負けかねんと思っていたんだが…惜しいな。…玖利、お前にも見せてやりたかったよ。夏の夜空に輝く、アンタレスってやつを。」
「大丈夫ですよ!晴れた日ならいつでも見られますので!」
「いや、そういうことじゃなくてね…。」
今日のレースで、紅葉高校の頭を張っていたのは彼だった。
東玖利。
若松と同じく鈴鹿の常連校である紅葉の、一年生エースということになる。
玖利は帰り支度を終えたチームメイトから一足遅れてピットを後にする。
扉からピットの外へ出ようとする、その瞬間。
立ち止まり、コースの方を向き直った。
「朔也くん、遼さん。」
正午を回り、気温がピークに達している。
「必ず、また会いに行きますからね!」
『西の紅葉がコールドゲームで初戦を突破した5分後、東の若松も15周コールドで二回戦を突破。今年もこの二校の鈴鹿決戦となるのでしょうか。』
端末からイヤホン、そして俺の耳へと音声が流れていく。
今日は良い走りができた。
若松のエースとして、しっかりと働けている実感がある。
結果だけ見ればコールドゲームだが、相手も一筋縄ではいかない者ばかりだ。
三回戦からは更に厳しい戦いになるだろう。
最強と呼ばれるこの学校の、全てを背負って行かねばなるまい。
さて、この後は朱莉のお見舞いに行って…。
なんか果物でも買って行くか。
梅雨も明けたし、そろそろ小粒のぶどうが出てくるころだ。
あいつぶどう好きだからな。
病院までの通り道にあったスーパーに、ふらっと入ってみる。
青果コーナーは入ってすぐのところにあった。
夏の色が出てきた果物類を物色していると、隣にある飲み物の棚に集まっている学生の集団が目についた。
あの校章は…紅葉高校か。
…ん?
あれ?
あの快活そうな特徴的茶髪は…。
そんな事ってあるのか?
まさか、こんなところで出くわすとは…。
「きゅうり!きゅうりくんじゃないか!」
なんの捻りもないあだ名で呼んだ俺の声に、玖利はいの一番に振り返る。
「あぁ、遼さん!いや、まさかこんなところで会うなんて!」
本人は笑顔でこちらに駆け寄ってくるが、後ろの紅葉高生が騒がしくなった。
「…星野遼…?」
「本物か?」
「きゅうりって言ったぞ…」
そんな仲間たちなど見向きもせず、玖利は無い尻尾をブンブン振って俺の顔を見上げている。
「きゅうりくん、こっちに来てたんだな。」
「せっかく高校生の大会があるなら、出ない択は無いと思って!遼さんや朔也くんとも戦いたいですし!」
相変わらず、目ぇキラッキラさせて話す子だなぁ。
話しててとても気分がいい。
「あー…ウチの玖利に用か?鈴鹿ぶりだな、星野」
「お久しぶりです、紅葉のキャプテンさん。いや、見かけたので声かけただけですよ」
いきなりこちらに飛び出してきた玖利を追いかけて、紅葉の集団がぞろぞろとついてきた。
「…きゅうりってナニ?玖利くん」
「ぼくのあだ名です!玖利を音読みにするときゅうりになるので!」
解説ありがとう、きゅうりくん。
「胡瓜好きだっけ?」
「胡瓜きらいです!」
「嫌いなんかい」
「でもあだ名は気に入ってますよ!かわいいので!」
「かわいいか…?」
いつの間にか紅葉の先輩の両腕にすっぽりと収まっている玖利。
可愛がられてるなぁ。
良かった。旧友が大事にされていて、俺も嬉しい。
ま、玖利はどこに行っても可愛がられるとは思うが。
「玖利、お前星野と面識あるのか?」
紅葉のキャプテンが玖利に問う。
「もちろんです!遼さんにはお世話になりました!」
屈託のない笑顔で言い放つ玖利。
こういうことを素直に言ってくれるの、ホント良いよな。
「俺と玖利は、ヨーロッパで一緒にレースやってたんですよ。」