巨星、墜つ
ストレート、車体が上昇。
1位に並びかける。
『ね?上手くいったでしょ?』
確かに。
確かに上手くいきましたが、自分でも今僕が何をやったのか分かっていません。
『ぶちょーが先導して朔也クン以外を全員、インから仕掛けさせたんだ。』
敵車はそれに反応して、イン側を締めに寄っていった。
全体的なペースが落ちたことを利用して、その隙に僕はアウトから各車を抜いていったわけだ。
『まずはそこまで行けたことが喜ばしい。ボクたちもすぐに向かうから、存分に上位で暴れてくれ。』
試合が動き始めている。
確実に、良い方向に。
「了解…!」
ようやく『来るべきところまで来た』という具合だな。
西条朔也…。
その実力の多くは謎で包まれているが。
私が見るに、星野遼に匹敵する潜在能力を保有している可能性は十二分にありうるだろう。
と、いうところまでは、腕のある高校ドライバーなら薄々感づいているだろう。
だが、私は何か引っかかるものを感じるのだ。
あの顔、やはりどこかで見たことがあるような…。
遊びの体験教室で星野遼に黒星を付けた、それ以上の何かを。
彼は持っていた、そんな気がするのだ。
5年前。
イギリス・ロンドン郊外。
同地で最も大規模なカートサーキットにて。
「『Ryo Hoshino…そして、Sakuya Saijo。キミたちはトライアル合格だ。』」
二人の国際レーサーが誕生していた。
二人は15歳以下限定の世界選手権、X1-Jr.GPに参戦することとなる。
当時の日本は、いよいよ本格的に始動したJHMCに夢中。
地球の裏側で暗躍する、二人のドライバーに世間が気づくのは。
それこそ、5年後のことだった。
『朔也クンは上手くやってるみたいだねぇ。じゃ、オレらがやるべきことってなーんだ?ぶちょー?』
「一刻も早くこの集団を調理し、応戦することだな。」
『おけ。じゃ、やろーぜ♪』
簡単に言ってくれる。
ボクが右、彰が左から集団にアプローチをかける。
挟み込むような形でスリーワイドに。
「やれ!彰!!!」
『りょー、かいッ!!!』
ブレーキングで彰が一気に前へ出ていく。
『崩れ始めてる。ぶちょーも早く来な!』
「言われんでも、行くよ。」
終わりは、近いな。
『キャプテン、ダメだ!!!抑えきれん!!!』
『3位、4位は既に笹井のモノになってますよ!!!』
くっ…。
だがここで諦めるわけには…!
私たちは決勝のあの地で落としたものを、一年越しに取りに行かなければならないというのに…!!!
この初戦で、こんな形で、また新たな落とし物をするというのか…!?
一時はコールドゲーム寸前だった。
だが、今は…!!!
その時、無線とは何か違う、声が頭に響く。
『僕の後ろ見てる余裕、あるんですね。』
「こちら朔也。1位に立ちました。」
『ナイス!やっぱできる子朔也クンだね』
「なんですかそれ。」
一応褒めてくれてはいるのだろう。
フフッと笑みが漏れる。
『ボクたちも3位、4位を奪取した。だけど2位は遠すぎる…って、朔也はどんだけペース上げたのよ…』
いやいや。
それほどでも。
既にレースはファイナルラップを迎えている。
バックミラーには、次第に遠ざかっていく紅のマシンが映る。
手強かった。
これが、前大会準優勝。
昨年の優勝校である紅葉高校は、トーナメント表を見る限り、決勝まで当たらないことになっている。
一安心…と言ってはいけないだろう。
ここから先に戦うのは、全ていずれかの高校に勝ってきた学校たち。
すべからく手強いことが想定される。
この大事な初戦、我らが笹井高校は、1、3、4、9、10位となり55ポイントを獲得。
対戦相手の星南高校は2、5、6、7、8位となり、46ポイント。
やはり、優勝-二位のポイント差で勝敗が決まったと言っていいだろう。
ヒリついた試合だった。
ひとまず、初戦突破という結果を持ち帰ることができて一安心である。
そして誰よりも働いたのは…。
「感謝せよ。」
「ははーっ。…だけどすぐに病院に戻りなさい。足めっちゃ腫れてんじゃん」
あーあー。
せっかくギプス取れてたのに。
でも。
「ありがとう、朱莉。いやほんとに。」
「いいってことよ。久々に気合入れて弾いたわな。」
痛みに歪む表情も、歓喜にかき消されていった。