反撃の狼煙
途切れていた回路はあまりの熱に融けだし、再び繋がり合う。
笹井高校のレイズアップ・シンフォニーが回復した。
コールドゲーム寸前となっていた戦況が、動き出す。
『6位との差が3秒まで縮まってるぞ…!』
「見れば分かる。バックミラーの影が、どんどん大きくなってるのがな。」
私たちにとってベストな戦略は、こうなる前にコールドにしてしまうことだった。
笹井の反撃の狼煙は、確実に上がり始めている。
単純な走力では、私たちが劣っている可能性も考えられる。
しかし…去年の彼らが持っていた走力を考えるに、ここまでのレベルアップは考えづらい。
恐らくだが…。
バックミラーをチラと見る。
すぐそこまで迫ってきた、新緑色。
そのコックピットに座る、西条朔也と目が合った。
やはりか。
相手方の集団は、走り方を完全に彼へと委ねている。
コース上を縦横無尽に駆けまわる西条朔也のラインを、完璧にトレースする。
ペースが自分よりも優位なものの後ろに居れば、おのずと自分のペースも上がってくる。
冷静に考えれば当たり前だ。
どのように走ればいいのか、その手本を追いかけるだけの簡単な作業である。
大前提として星南の私以外、他4台は、私が引っ張っていることになる。
5台がまとまって走行できるときは、それが最も効率よく走ることができる手段だ。
だが、それでも差が詰まる。
単純な走力で、この私が。
星南が、圧されている。
これが何を意味するのか。
前地区大会準優勝の星南を、笹井が上回ってきている。
想定はしていた。
私たちの想像を超える働きをする、その想定をしていた。
その想定が的中した。
とどのつまり、相手は私たちの想像を超えていた。
なら、どうすればいいか?
足掻くしかない。
1年前の決勝の時のように、足掻き続けるしかない。
格上だ。
万全の相手は、完全に格上なのだ。
「ブロック態勢に入れ。1台ずつ、確実に捌くんだ。」
全30周のレースは、半分を過ぎたところ。
ここからは、耐えだ。
1コーナーのブレーキング。
仕舞われていたタイヤが、再び接地する。
僕の目には、既に5位のマシンが大きく映し出されている。
4、3、2。
ギアをポンポンと入れていき、エンジンブレーキの効果も最大限に利用する。
『朔也クン、行けそうなところがあったらすぐに仕掛けるんだ!』
『ボクたちもすぐについていく…!!!』
8秒以上あった差をほとんど0にまで縮めたんだ。
単純な走力で見れば、僕たちの方が優勢なのは明らか。
ただ、問題は相手が集団でいることだ。
行けそうなところ…って言ったって、そんなのありませんよ…!!!
たとえ僕が5位を陥れたとしても、敵車に囲まれる形になってしまう。
そんなことになったら、まず間違いなく自由には動けないだろう。
僕がそんなことを考え、攻めあぐねていると。
『…よし。次の周、最終コーナーで行くぞ。』
部長さんが呟いた。
「行くぞ…って、そう簡単なことじゃないですよ!?」
『それを簡単にするのが、オレらの仕事よ♪』
『大丈夫だ。朔也はただ、相手の隙を伺ってればいい。』
自信ありげな二人に、僕は何も言うことはできない。
ただひたすら、前を追う。
予告された最終コーナーが迫る。
『キャプテン、ブロック態勢はいいけどよ…一向に仕掛けてこないぜ?』
コース後半、ホームストレートまでは残り数コーナー。
レイズアップ・シンフォニーの発動区間に入れば、吹奏楽部の腕の差か…相手方が優勢に思える。
「やっておくに越したことはない。続けてくれ。」
『あいよ。』
最終コーナーへ進入。
車体が上昇の準備を始める。
その時だった。
『うお…ッ!!!7位以下の連中が突っ込んでくるぞ!!!』
イン側のサイドミラーを確認すると、確かにひと際内側に、ブレーキングを遅らせた集団が飛び込んできていた。
『インを締めるぞ!左に寄れ!!!』
チームメイトのその声が響いたとき、また事が動く。
私のバックミラーを、一台の車影が横切った。
そのスピードは、鳥か何かが横切ったと見紛うほど速く。
「!!!…寄るなッ!戻れ!!!!!」
アウト側に並びかけてきたのは、6位を走行していた西条朔也。
後続のブロックを行うため、インに寄っていたペースの上がらない4台を、ごぼう抜きしていた。