壊れかけのイヤホン
ブラックアウトしたシグナルを見届けるその瞬間、アクセルにひと際力を入れる。
キュルキュルとタイヤがスキール音を奏で、僕を含めたすべてのマシンが一斉に前へ飛び出していく。
その加速は全て互角で、まるで景色だけが後ろに流れていくような錯覚に陥った。
『前狙っていくよ。付いて来て!!!』
部長さんの声が飛ぶ。
1コーナーをクリアして、二列だった車列が一列にまとまる。
大きなトラブルはなく、10台が数珠つなぎとなって行進していく。
ギアをセカンドからサードへ。
加速していく。
いいぞ。戦えている。
『ぶちょー、朔也クン!この周の終わり、レイズアップシンフォニーが起動したら1コーナーでインに飛び込もう!同時に仕掛ければ相手も動揺するはずだよ!』
「了解!!!」
追っていく動作にも、少し余裕が出てきた。
イケる。これなら仕掛けられる。
最終コーナーを立ち上がる。
ホームストレート上では、レイズアップシンフォニーが起動するはず…!
『行くぞ!!!』
身体に伝わっていた、路面からくる凹凸の感覚。
それが、車体の上昇と共に消えていく…。
消えて…。
消え…。
…あれ?
「すいません!レイズアップシンフォニーが起動しないんですけど!!!」
『こちら彰、同じくだね…。』
どういうことだ。
何が起きている?今度こそトラブルなのか…?
『…やはりか。』
部長さんが呟く。
星南高校のマシンは宙に浮き、僕たちのマシンを悠々抜き去っていく。
順位が、落ちる。
「彰、マシンの調子はどうだ?」
「基本的にはバッチグーよ。ただ…」
「たまに電子吹奏楽との通信が途切れるんだ。断線しかけたイヤホンみたいに…。」
「つまり、入力された音色のデータがこっちに届いてないってことですか!?」
『正確には、届いてる時もあるんだ。だけど…。』
不安定。
ただでさえ苦しい相手だってのに、そんな状態じゃ勝てるわけない。
『とにかく、走るしかないよ。もうこうなったらオレたちにできることは何もないんだから…!!!』
「私たちの音声データが届いてない…!?」
グランドスタンド、電子吹奏楽部。
「はい…ここまで5周、一度も車両が宙に浮いていません…!」
ここまで練習してきたのは、自動車部も私たちも同じ。
こんな終わり方は、だれも望んじゃいない。
だけど、どうすれば…?
「現状として、音声データが届いているのはキーボードだけです。他の楽器は完全に断線しちゃってるみたいで…。」
「キーボードだけで部全体の出力を発揮することは到底不可能です!」
「うーむ…。」
非常にマズい展開ですなぁ。
私が読むに、この不具合の原因はマシン側にある。
楽器側をどうこう弄ったところで解決には向かわないというのがクセモノだ。
走行中のマシンをどうにかするのはそれこそ無理。
現状かろうじて接続できている楽器もあるみたいだけど、それがいつまで持つかも分からない。
うーーーむ。
うん。
これ、やるしかないね。
でもなー。怒られるだろうなー。色んな人に。
ま、ここで私が動かなかったらそれこそ負けるのを見てるだけになっちゃうし。
私、自分の行動によって誰かが悲しむの一番ヤなんだよね。
当たり前か。
恐らく、圧倒的大出力で複雑な情報を叩き込めば、切れかけていた通信の線を接続し直すことができる。
名付けて、古いテレビ叩いて直しましょ作戦。
古いっつっても叩いて直してたの100年くらい前だよね。
化石だよもう。
さて、そんなバカなこと考えてる間に外に行く準備が整いましたよっと。
松葉杖…松葉杖どこだ…。
『引き離されるのはホームストレートだけだ!インフィールド区間なら戦えるぞ!!!』
『オレたち、割と速いみたいだね♪』
前方との差はまだ2秒程度。
僕たちは、希望を失ってはいなかった。
相手のワンミスでまだ取り返すことができる距離。
追いつけ…追い越せ…!
純粋な走力では劣っていない。
相手も全力で逃げにかかっているはずだ。
それでも、音響的上昇機構を失った僕たちが食い下がることができている。
まだ分からないぞ、このレース。