星南高校《紅き南の星であれ》
「あ、ぶちょーおかえりー。」
「抽選会の結果、どうなりました?」
「…。」
今日は予選大会の組み合わせ抽選会だった。
部長さんは帰ってくるなり、僕たちから目を逸らし始めた。
「ぶちょー?どうしたー?」
心なしか冷や汗をかいているようにも見える。
僕は、察しは悪くない方だ。
何が起きているのかは想像に難くないが、彰先輩はそうでないらしい。
部長さんの肩をゆさゆさと揺さぶる彰先輩。
「部のグループチャットに…トーナメント表送ったから…見てみて。」
手持ちの端末を指差しながら力なく答える部長さん。
その言葉通りにグループチャットを開いてみると…。
「うわッ!初戦の相手、星南じゃん…」
確かに、笹井の横には星南の文字が。
お二人の反応からするに、メチャクチャ強いのだろう。
でも、確か去年の鈴鹿には出てきてなかったような?
「去年の地区大会決勝、星南はたった1ポイントの差で鈴鹿行きを阻まれたんだよ。」
もうそれほとんど鈴鹿出場校じゃん。
いやはや、とんでもない学校が相手になったものだ。
でも。
「鈴鹿を目指すなら、いつかはどこかで当たる相手ですよね。」
僕のその言葉で、二人の目の色が変わった。
彰先輩は目を閉じて身体を伸ばし、部長さんは首を鳴らして回す。
やる気スイッチが、しっかりとONの状態で固定されている。
「良いこと言うね。」
部長さんも、今までの自信なさげなムーブメントはどこへやら。
戦う目をしていた。
「それでこそ、朔也クンだよねぇ。偉いぞっ」
彰先輩はポンポンと僕の頭を叩き、今まで作業していたマシンの方へと歩み寄っていく。
車窓に頭を突っ込み、何をするのかと思えば。
「模擬戦、しようよ♪」
エンジンがかかったマシンと、僕ら。
辺りに轟音が響いた。
「初戦の相手が決まった。笹井高校だ。」
「前大会ベスト8、油断できないですね。」
「当然、我々もベストメンバーで迎え撃つ。」
私たちは、決勝の地に忘れ物をしてきた。
たった1ポイント。
鈴鹿行きの切符を買うのに、1ポイントだけ所持金が足りなかった。
チャージされたICカードなんて持っているはずもなく。
泣く泣く出直すしかなかった。
私たちが乗るべき鈴鹿行きの電車は、年に一度しか運行しない。
今度こそ、乗り遅れることが無きよう。
この一年、万全の準備をしてきたつもりだ。
私たちの無念、先輩方の悲願。
その全てを乗せて、私たちはサーキットへ立つ。
この初戦は前哨戦ではない。
鈴鹿へと繋がる、確かな一歩である。
「西条朔也…。」
「お、相手さんの研究か?」
雑誌を開く私の肩越しに、後ろから話しかけてくる戦友。
「ああ。相手の予告出場選手に、一年生が居てな。」
鈴鹿の予選大会は、年度が始まってからすぐに開催される。
一年生が出てくるとなると、情報があまりにも少ないのだ。
「ふーん。例によって、人数が少ない笹井だ。特に気にする必要はないんじゃないか?」
普通に考えれば人数合わせ…。
だが、何か引っかかる。
この顔、どこかで見たことがあるような…。
「おいおい、若松がまたコールドで勝ってるぞ…東東京はもう決まりじゃないか?」
私の後ろで、端末を開いているであろう声が聞こえる。
去年の覇者は、また派手に暴れてくれているようだ。
私たちもそこに飛び込んで行かねばならない。
しかし、若松か…。
…待てよ?
私の古い記憶の中で、何かがリンクした。
その仲介を担ったのは、現時点での高校最強。
星野遼の存在だった。
10年に及ぶ星野遼のモータースポーツキャリアの中で、たった一度の黒星が存在する。
それは彼が遊びで参加した、ただの体験教室だった。
同世代の、この辺りでクルマを転がしている連中は、大抵その体験教室に参加していた。
あの二人のバトルは、私の脳内にも焼き付いている。
そうか…。
あの時、星野遼をオーバーテイクしたのが。
最強に、後塵を拝させた唯一の男が。
「西条朔也…か。」
覚えておいて良かったよ。
理論上で言えば、星野遼に勝ちうる唯一のドライバーと、こんなに早く戦えるなんて。
「まずは初戦、勝つぞ。」
「あたりめーだろ?」
相手にとって不足はない。
「私たちは夏の空、南に輝くアンタレスだ。」
一等星の輝きをかき消すのは、そう簡単な仕事ではないぞ。