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Snowdrop  作者: あんぴーなっつ
始まりの問答篇
2/2

act.1「日常」




『──次のニュースです。昨夜、東京都内の宝石店で不審な強盗事件が起きました。現場のショーウィンドウ並びにショーケースは、このように丸く切り抜かれており、被害総額は約八百万円相当と見られ、警察は──』


朝七時半。リビングにあるテーブルに並べられた朝食に手をつけながら、青年は付けっぱなしのテレビに見入っていた。

やや癖毛の黒髪とスカイブルーの瞳は、真っ直ぐニュース番組のレポーターに向いている。

「やぁね。最近どんどん物騒になるんだもの。メイ、あんたも気をつけなさいよ。特にウチは危ないんだから」

青年が焼き鯖を咀嚼する間に、食器洗いに勤しむ母親が、ニュース番組の事件報道を耳にして、困ったようにため息をついた。

「宝石強盗と俺に何の関係があるんだよ。大丈夫だって」

もう十七歳にもなる息子である青年──榊原メイは、大仰なほどに危機感を抱く母親に苦笑する。

特にスポーツなどに打ち込んだりはしていないものの、メイは成人を手前に控えた青年として、身体つきはそれなり。それほど体格差がなければ、不審者にも負けず劣らずと言ったところだろう、と考え、メイは茶碗に盛られた白米の咀嚼に移る。

「だってぇ。ウチはただでさえお父さんが単身赴任でいないし、私も出張が多いんだから。メイ、一人っ子みたいなものでしょう?心配なのよ!困ったらちゃんとアキラくんに相談するのよ?」

果たして自分は何歳児だと思われているのか。

母親の過保護っぷりに呆れつつ、メイは時計の文字盤を見て、残りひとかけらの鯖と白米を口に放り込む。

「あぁ、お母さん今日も残業で遅くなるかもしれないから、夕飯は適当に食べといて。お金、置いとくからね」

「分かったよ」

家事を終えて、テーブルの上に五千円札を置いて足早に玄関へと駆けていく母親を見送り、メイも腰を上げる。

食べ終えた朝食の食器を片付けて、登校用の鞄の中身を確認し、それを背負って玄関へ。

首にヘッドフォンを掛けて、履きなれたスニーカーの靴紐を結んだら、扉を開けて外へ出る。

玄関の戸締りをして、見慣れた通学路を歩き出す。

きゃっきゃっと騒ぎながらすれ違うランドセルを背負った小学生の登校班を尻目に、メイは微笑んだ。

今日も、平和である。





「おっはよー!メイ!今日の英語の宿題やった?」

「おはよう、アキラ。もちろんやったに決まってるだろ」

住宅地の十字路。角からにゅっと顔を出して進路を妨害したのは、幼馴染の「井上アキラ」。

焦茶の短髪にチャーミングな笑顔、猫のような吊り目が印象的な男だ。

アキラはメイの返答に目を丸くして、「えー!」と驚嘆の声を上げた。

「メイの裏切り者!やってないのオレだけかよ!」

「そんなの知らないって。やってないアキラが悪いだろ」

掴みかかって暴れるアキラを宥めつつ、アキラに釘を刺すメイ。

しばし不毛な掛け合いをした後、諦めたアキラを笑い、二人で通学路を歩きながら、何でもない談笑に花を咲かせた。





メイとアキラが通う公立高校の校門を通って、下駄箱へと足を向ける。

スニーカーと上靴を履き替えながら、メイはある人物を見て立ち止まった。

下駄箱で同じく靴を履き替えるクラスメイトの少女、「黒葉アリサ」。

高校の制服である紺のブレザーに身を包み、黒のネクタイをきっちりと結んだ几帳面な彼女は、常に白綿布のマスクを装備しており、一言も喋らない。

片手にいつも文庫本を持っているのも、彼女の特徴の一つだ。

「おはよう、黒葉さん」

メイは少し悩んだ後、アリサに挨拶を試みた。

「……」

アリサは視界の端にメイを捉えた後、その赤い瞳を細め、眉間に皺を寄せた後、手にぶら下げたローファーを靴箱に押し込み、足早に去っていった。

「毎朝飽きないね〜」

一部始終を見ていたアキラはのんびりと口にする。頭の後ろで組んだ両手を崩し、メイの肩を掴んだ。

「まぁ、飽きる飽きないでやってないから」

今日も挨拶が返ってこないことに、何故か親しみを感じながら、メイはスニーカーを靴箱に差し込んだ。





朝のHR。教卓の前で資料を眺めながら、点呼を終えた教師が、報告事項を述べていく。

「──あー、あと、今日5月の鎌倉遠足の班決めするぞ。班長になったやつは、行動表を作って提出すること。いいな?」

壮年の教師が述べた事項に、教室がにわかに色めき立つ。

「一班、男女三人ずつだっけ?やっべ〜女子誰誘う?」

「俺、豊島さん欲し〜」

HR中でも先走る心が抑えきれない少年少女たちが、一斉にヒソヒソと浮かれ出した。

遠足の班決め……そういえばそんな時期だったとメイは脳内に思い浮かべた。

班員を選り好みするわけではないが、アキラとだけは同じ班になりたい。

ぼんやりと考えながら、朝のHRが終わっていく。





「メーイ!」

授業間の休み時間、教室の入り口付近の最前列、メイの机にやって来たのは、手に班割用紙を携えたアキラだった。

目の前に差し出された紙には、「井上アキラ」と「榊原メイ」という名前が記されている。

紙を持って来た当の本人は、ニコニコと笑っている。

「メイ、同じ班にしちゃったけどいいよな?残りのメンバーも勝手に決めちゃっていい?」

「うん、いいよ。ありがとうアキラ」

当然のように同じ班に組み入れられたことに、メイは安堵した。

アキラはメイにとってただの幼馴染ではない。

メイとアキラは近所に住む者同士として、幼稚園の頃からずっと親友だ。

そして、仕事で家を空けることが多い両親に代わってメイを保護してくれたのは、いつだってアキラとその両親だった。

言うなれば家族ぐるみの付き合いだ。二人の間の絆はかなり強い。

アキラはしばらくクラスメイトと話し、メンバー決めを行っていたようだったが、すぐに切り上げて戻ってきた。

そうして集まったメンバーを紙に書き加えていく。

「あ、でもメンバー決めやらせたツケはちゃんと払ってもらうからな!」

「えっ?」

メイがアキラの含みのある言い方に疑問を持って、もう一度紙をまじまじと眺める。

「榊原メイ」という名前が、『班長』の欄に記入されていたのだった。

「ちょ、アキラ!俺はそんな質じゃ……」

「ははっ!もうおっそいねー!」

「アキラ!」

慌ててメイはアキラから紙を奪い取ろうとするものの、アキラはそれを軽々と避けて、紙を提出しに職員室へ走り出した。

「メーイ!それじゃ、行動表よろしくな〜!」

わはは、とアキラが陽気に笑う声が廊下にこだまして、消えてゆく。

一人教室に取り残されたメイは、がっくりと項垂れてため息を残した。





「もうこんな時間か……大分遅くなっちゃったな。全くアキラのやつ……」

すっかり日が暮れて夜の帷が降りた頃、メイはようやく下駄箱に辿り着くことができた。

班長に半ば無理矢理任ぜられてから、班員に行きたいところの希望はないか聞き周り、それを上手く巡る行動表の作成に追われていた。

お陰様で、行動表作成が終わって教師に提出し、帰路に着けるようになったのはどっぷりと日の落ちた後だ。

部活動に明け暮れる生徒も殆どが下校した中、人気のない校舎を後にする。

「あー、今日は母さんいないかもなんだっけ……夕飯何にしようかな」

アキラは部活に入っているため、下校は共にしないことが多い。

一人きりの帰路をのんびりと進みながら、メイは独り言を呟く。

どうしても一人でいることが多かったが故の癖のようなものだった。

もう四月とはいえ、夜になれば冷えるものだ。

人気のない横断歩道で信号待ちをする間、メイは肩を震わせる。

雲の少ない夜空には、物言わぬ満月がメイを見下ろしていた。

遠くからトラックと思わしき巨大な車が走ってくる。

ハイビームで付けられたヘッドライトが、やけに眩しく感じた。

目の前の信号が、青に変わった。

メイはトラックの派手なエンジン音を聞き流しながら、道路へ踏み出した。




当然、トラックは止まると思い込んでいた。

何故なら、横断歩道の信号は“青”で、車道の信号は“赤”だったから。

しかし、メイはトラックの運転手がぼんやりと気だるけに目を擦っている事に気が付かなかった。

夜の闇に溶け込んだ黒い学ランは、ハイビームの強い光に包まれた。

トラックは減速することなく信号を過ぎ去った。

メイはチカチカと瞬く視界の中で、迫り来るトラックの前面部に疑問を持つことすら出来ず、ただ唇の隙間から掠れた驚嘆の声を吐き出した。






凄まじい衝突音と、柔い肉が投げ出され、散らばっていく音が夜空に溶けていく。

急停止したトラック。大きくへこんだ前面部と亀裂の入ったフロントガラス。

散乱したプラスチック片と、アスファルトに投げ出されたヘッドフォン。

衝突地点から数メートル先、首も腕も足も、あらぬ方向を向いた、榊原メイと似た『ナニカ』が横たわっている。

所々皮膚を突き破って出た白い骨が、ヘッドライトを浴びて不気味に輝いている。

真紅と赤黒が混じった鮮血が、道路の白線に沿って広がっていく。


「あ、あぁ……ッ、や……や、やっちまった……!」


トラックから降りて来た運転手と思しき人物が、道路の惨事を見てみるみると顔色を悪くする。

どこをどう切り取っても、眼前に寝そべる人物は助からないことがありありと分かるからだ。




こんな未来があるだなんて、誰が想像しただろう?




こうして、一人の青年の舞台は、幕を下ろした。





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