第1話 カラスにより与えられる肉と骨
突如の暗闇の中で青年が最初に感じたのは激しい痛みだった。今まで感じてきた斬られる、刺されるのとは違う逆に肉と骨を無理やりくっつけられるような感触。肘から指先までの感触を徐々に感じ始め、見えないのに何故か自分は地べたに這いつくばっていると感じた。
今度は目に当たる箇所に何かを突っ込まれている衝撃を受けると今まで暗かった周囲が突如光り、周りが見え始めるようになってきた。目を埋め込まれたとしか言いようがないこの感触を感じるまま両目を左右に動かして周りをみた。
暗い納屋の様な場所で光が見える。腹ばいの状態で目だけ動かして見上げると壮年の年頃らしい黒髪の女がオイルランプを掲げて自分の目の前のオレンジの髪色の少女に明かりを与えていた。
自分より間違いなく年下のオレンジの髪色の少女が話しなれていない様なややたどたどしいデーン人の言葉<<古ノルド語>>をしゃべり続けている。青年は魔法使いではないが魔法の呪文を唱えていることが一目で分かった。少女は右手を掲げた。右手の中指に金の指輪が見えた。
「戦神・・・オージンよ、血と骨と肉をもって・・・我が僕を作りたまえ!」
彼女がそう唱えると右手の指輪が黄色く輝き始め、納屋中を明るく照らし青年にも床に描かれた魔法円のような大きな円が見えた。。少女の長いオレンジ髪がふわりとちゅうに浮き、光に寄せられるように納屋の2階の窓からカラス達が呪文を唱える少女の下へと翼をバタバタと動かして集まり始める。
青年がよく見ると各々のカラスのくちばしにはどこから持ってきたのか長い腸や足指のちぎられた肉片といったものをくわえていた。首が動かせるようになり自分の体を見ると腹の中に腸は無く、腰とその先の骨と肉が欠けていた。
その状態で死んでいない事に驚く暇もなくカラスたちは這いつくばっている彼に近づいて腸を腹に押し込み、次に骨の入った腰を、そして膝を、くちばしに咥えていた肉片を強引に青年の体にくっつけ始めた。痛みを通じて自分の肉体がカラス達によって少しずつ綺麗に接合されていって再生している事がようやく分かった。
その中で一羽のカラスが近づいてきて咥えていた人間の舌を自分の口につっこみ、口の中で舌が結合されていくのを感じる。しゃべれる様になり、肉体の接合と再生に伴うこの激痛に耐えられなくなり歯を食いしばりながら青年は激しく叫んだ。 肉片を運んでいるカラスたちが減り始め、足の感覚も感じる様になり自分の儀式が終わりに使づいて来たのが分かった。青年の故郷の言葉を叫びつづけていたオレンジ髪の少女は最後に大きく主神オーディンに感謝の言葉を捧げた。自身の痛みが徐々に引いていき、腹ばいの状態から足をゆっくり動かしてようやく立てるようになった。腕や手を動かしたり振り返って背中を見たりすると欠けている所はどこにも見えなかった。接合に伴う激痛を経て自分の再生が終わったようだと青年は悟った。
何もいわなくなったオレンジ髪の少女は滝の様に汗を流しながら地べたに胡坐をかいて座り、黒髪の女に介抱されていた。激しく息を吐きながら少女は青年に向けて白くて綺麗だがギザギザの歯が見える何か悪戯を成し遂げた様な悪い笑みを浮かべていた。
裸の肌にあたる風、息を整えながら嗅ぐ匂い、耳で聞こえる音、目を通して見える世界。既視感はあるがどこか違和感を感じながらふとある考えが芽生える。
自分はイングランドに戻っていない。ましてや主神オーディンの住まう戦死者の館にたどり着いたわけではない。自分は異世界に転生したのだとその時青年フロールヴはようやく気づいた。
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