男爵子息はお姉様にふさわしくありません!
ある日、ルエリは義姉のナディアに告げた。
深夜、閉店作業を終えた魔法具店の作業部屋で、思ったままぶちまける。
「ロミオ様という方はお姉様に不釣り合いですわ!」
ナディアとロミオは、親同士が決めた婚約者だ。
子どもたちを結婚させて業務提携する腹積もりらしい。
政略結婚であっても相思相愛になる夫婦も、いないことはない。いても稀だ。
ナディアの親が営む魔法具店の、競合会社を経営する男爵家の長男。
顔はオペラの主演俳優並みに整っていて、資産もあり。
超ハイスペック。
対するルエリとナディアは爵位のない家の娘。
釣り合うか合わないかと言われれば、釣り合いは取れていない。
「そんなことを言わないでルエリ。ロミオ様はお父さんたちがすごくお世話になった方のご子息よ。釣り合えるよう努力するつもりよ」
「だめです!」
ナディアは現在十七歳。
今ロミオと結婚しなくても、いき遅れと言われる年齢じゃない。
「ここで満足してはいけないわ。お姉様は男爵家の嫁で使い倒されて終わる器じゃないの! なんなら独立開業してお姉様が旗頭となるのです!」
「それこそ、私では不釣り合いだと思うわ」
「お姉様はご自分を過小評価しすぎです!」
「もう。ルエリがそう言ってくれるだけで私は満足なのよ?」
ナディアはふわりと笑い、ルエリの頭を撫でる。
普段店頭に立って仕事をしているから、ナディアの指先はヒビとあかぎれでボロボロ。
帳簿をつけるのもナディアの役目。
三年前に母が亡くなり、炊事洗濯もナディアとルエリで半分ずつこなしている。
父が経費削減だと言って従業員を雇わないから、ルエリも学校に通わず働き手として駆り出されている。
その父は何をしているのかといえば、ナディアとルエリが働いて得た売上で賭博に興じる。
ルエリは早くに両親を亡くし、父方の叔母に引き取られたため、文句を言えなかった。
「親無しを家に置いてやっているんだから感謝してタダで働け」といわれて、子どものルエリは従うほかなかった。
同業の家であるロミオとの結婚で幸せになれるとはとうてい思えなかった。
「きっとロミオ様だって、お姉様をただで使える駒にするんです。あそこの従業員も、いつも痩せていて覇気がないですもの。……お姉様、お願いです。わたしと逃げましょう。わたしたちで、別の土地に行って新しい店を興すんです」
「ルエリ……」
ナディアは義妹の目をまっすぐに見つめ返して、ルエリが差し伸べた手を取った。
「そうね。いますぐたびに出て、探してみましょうか、私たちにふさわしい場所」
「そうこなくっちゃ!」
ナディアとルエリはトランク一つだけ持って、夜が明ける前に家を飛び出した。
ナディアが行方をくらませたことで業務提携の話はなくなった。男爵家は他の家の娘を嫁にとったけれど、嫁は馬車馬のごとき扱いに耐えられず三ヶ月で逃げ出した。
姉妹のいなくなった店はというと、普段まともに店頭に立たない父親が、一人で店を回せるはずもなく……父親の店は半年持たず潰れた。
ナディアとルエリは遠くの町に移り住み、そこで生活雑貨屋の手伝いをしながら開業資金をためた。
数年後独立して、やがて魔法具の店を開いた。
いつまでも互いを支え合う、仲のいい姉妹の店があると評判になった。
END