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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

美容院の壁

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 わ~、あの家、取り壊されちゃったんだ。

 いや、はじめてここに来てから10年以上は、あの家のある景色になじんでいたからさあ。いざ、目の当たりにすると違和感がすごいのなんのって。

   一説によると、日本人は変化を嫌うタチな人が多いとの話。もちろん、違うという人もいるだろうけど、慣れ親しんだ環境を手放したいとはなかなか思い難いな。

 壊される、建築される。あるいは新たな色を帯びる。

 気づいたならば、強く興味を引きがちなものだ。

 見た目の変化は、何かへの準備。でもまだまだ僕たちも知らないケースはあって、適した対応をとるのは難しいかもしれない。。

 最近もおじさんから、ケースのひとつを聞いたんだけど、耳に入れみないか?



 おじさんと友達の、学校からの帰り道でのこと。


「あれ、あの美容院、あんな色だったっけ?」


 友達の声に顔をあげてみれば、そこには緑色の壁をさらす美容院の姿が。

 十字路の角に門を構えるその美容院は、今朝がたまでは水色の壁を持っていたはず。

 それが帰るまでの数時間で、こうも大胆に模様替えしてしまっているとは。


 おじさんと友達だけだと、記憶違いもあるかもしれない。

 いったん、二人は互いに家へ帰って、家族をはじめとする面々に、美容院の壁の色を尋ねてみた。

 ほとんどの人は、美容院に対してさほど関心を払っていないようで、「そうだったか?」といった感じの反応ばかり。

 けれども年少組。当時のおじさんの歳だった10歳前後あたりの子は、だいたいおかしいと思ったらしい。絶対に美容院は水色だったはずだ、と。


 しかし、翌日。

 都合よく学校が休みだったこともあり、友達と示し合わせた美容院へ向かったおじさんは、また目をぱちくりさせることになる。


 美容院はだいだい色に、壁の色を変えていたんだ。

 それはちょうど、冬ごろに食べるミカンを思わせる色彩で、それらがぱっと見たところ塗りムラなどが見当たらないほど、まんべんなく染めている。

 またも目を見開くおじさんたちの前で、美容院から出てきたお客がいる。40代がらみの男性で、きっちりとパーマをかけた髪型をしている。

 その人が戸を開けがてら、そばに立つ美容院の柱へ「どっこいしょ」といわんばかりに、手をかけたときだった。


 だいだいの壁の色が、その触れた部分だけ変わった。

 人がぎゅっと物を握ったりして力を込めるとき、肌が一時的に白くなるだろう? あれと似たような感じだったとか。

 その人のついた手の形にあった部分だけが漂白されて、他はだいだいの色合いを保ったまま。

 やがて男性が手を離して去っていっても、いったん色を失った部分は元へ戻らない。

 白く残るばかりか、水を多く含んだ絵の具のように、ふちからじわじわと広がりさえ見せている始末。去っていく男性はそれらにいっさい気づいていないようで、一瞥すらしなかったとか。


 彼が離れてから、おじさんたちはおそるおそるその部分へ近づいてみる。

 ガラス越しに見る院内に、他のお客の姿は見えない。入ってくる人に気をつければ、通行を邪魔することはなさそうだ。

 そうこうしている間に、すでに漂白部分は広がりを続けている。おじさんが手をついたのは柱の中央あたりだったけど、この数秒で上下に色落ちを続け、元の色は下部が1割、上部が2割ほどしか残っていなかったそうな。


 いったい、何が起こっているのだろう。

 おじさんたちは、近くに落ちてる石や木の枝、草の葉っぱでなでてみたりしたけれど、特に変化はなし。

 草をびっしり巻き付けて、手袋代わりにした上で、その部分をくっつけてみても大差なかったとか。

 こうなると、先のおじさんがやってみせたように、じかに触ってみるよりない。

 きっとあの手をついたおじさんも、これまで話を聞いた大人たち同様、美容院の変化を気にしていない。あるいは本当に気づいていない人だったのだろう。

 だから特に躊躇することなく、柱に触れられた。

 けれどもおじさんたちには、はっきり見える異状。ゆえに及び腰になってしまう。

 おじさんも友達も顔を見合わせては、「どうぞどうぞ」と譲り合いのかっこうへ。そうこうしている間に、柱はいよいよ足下まで完全に白くなってしまい、上部も残りわずかといったところ。

 道行く人もいるにはいたが、たまたま大人ばかり。気づいているのかいないのか、美容院を見とがめる様子は見られなかった。


 遠慮しあうおじさんたちだったが、そこへ新たな乱入者がいる。

 おじさんたちより、ずっと小さな幼稚園児くらいに見えたそうな。おじさんたちのわきから、とてとてと歩き出てきたその子は、側面の壁へぺたぺたと無遠慮に手をくっつけていったんだ。

 幼児にときどき見られる、物を遠慮なく叩く動きそのものだったとか。

 おそらく、この子にもこの美容院の異様な色が見えてる。その物珍しさに惹かれ、ついぺたぺた触りたくなったのだろう。


 そうして、その子の手が触れるたび。

 美容院の壁は、どんどんと色落ちをしていった。何度も手をつくせいか、漂白していく速さは先ほどの男性の比ではなく、壁面はものの数秒で真っ白に。その勢いのまま、建物全体へ広がっていったとか。

 一方のその子には、壁のだいだい色が映っていく。こちらもまた手や腕にとどまらず、肩から上へせりあがり、下へと駆け下りる。

 後からやってきた親御さんが、その子に声をかけて止めるときにはもう、子供の身体はくだんのだいだい色に染まりきっていたんだ。

 親御さんは、そのことに一切触れず、ただ壁へいたずらしたことのみをしかって、かの子を引っ張っていく。


 ――あの色、やっぱり見えていないんだ。


 もう、おじさんたちに柱を触る度胸はなく、すでに遠ざかり出した親子をつい見送ってしまう。

 歩道をゆく親子は手をつないだまま、すたすたと先へ進むのだけど、子供の身体は時間とともに、その色濃さを増していく。

 いよいよ、元の肌の色がどこもかしこもだいだい色に染まってしまったとき……ふっと子供は目の前から消えてしまったんだ。身に着けていた服や靴ごと、ね。


 消失もさることながら、親御さんがそのままでいることにもおじさんたちは鳥肌が立ってしまった。

 親御さんは子供がいたときと変わらず、軽く手を伸ばしたままでもって、道を歩いていくんだ。あたかも、いなくなった子供が、まだそきにいるといわんばかりの素振りだ。


 ――いつ、親御さんは自分の子供がいないことに気づくのだろう? ひょっとしたら、このまま?


 おじさんたちが、また視線を戻したときにはもう、美容院はよく知る水色の壁に、身体を戻していたらしいんだよ。

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