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フィラデルフィアの夜に ウワサ パーカッション

作者: 羽田恭

 フィラデルフィアの夜にパーカッションが鳴ります。


 本当は誰もいないはずの真夜中のスクラップ置き場に、ようやく帰途に就こうとしていました。

いつもならここまで遅く仕事を続ける事はないのですが、今までにないほどトラブルが続き、気が付けばこんな遅くになっていました。

見慣れた鉄屑も、夜になると表情を変えたように恐ろしく感じさせます。

それに噂も。

 何かが、化物の様な何かがこの辺りを蠢いていると言うのです。

確かに、鉄屑が前の日とは違う場所に動いている事がしばしばあります。

夜中にこの場所に近づいた人が、聞いた事のない音が聞こえてきたとも言っています。


 寒気を堪え、足早に鉄屑の間を抜けていきます。

ただ自分の足音の上に、何かが聞こえてくる。

聞いた事のない音が、足音より大きく聞こえてくる。

細く長い鉄屑を引きずる音が、聞こえてくる。

駆けだし逃げる、その速度より早く、迫って来るのが聞こえてくる。

 両腕が動かない。

音が止まった。

何かが、両腕に絡み、掴み上げ、自由を奪った。


 渾身の力を両腕に込めても、ビクともしない。

動かされる。動かされる。

自分の意思を超える力に、腕が体が、金属が軋む音と共に、動かされる。

 目の前には大量の鉄屑。

その山が、音もなく割れ、開いた道を進まさせられる。

そしてあるのは、病的な肥満の腹の如くに膨れ上がった水か何かがかつて詰まっていただろうタンク。

その前にまで進み、止まった。

今度は手だ。

手が、勝手に動き、そのタンクを叩いた。


 軽快なリズムで。


 明るく軽い、真夜中とは思えない。

腹太鼓。

軽いビートを刻んでいく。

そんな音共に現れる。

錆びたネジ、捻じれたボルト、壊れたナット。

 細い針金を手足に、踊り出す。

踊り出す、踊り出す。

パーカッションが踊り出す。

踊り出す、踊り出す。

パーカッションで踊り出す。

動かされた手で、これ以上ないパーカッションが響き出す。


 踊り狂う、舞い狂う。

この時ばかりは許してくれ。

様々なワイヤーとコードが暴れ出し、絡み込んで踊り出す。

舞い出す。人の形を作り出して、舞い出す。

今晩だけは我慢して。

お前の体を貸してくれ。

パーカッションが轟く。この宇宙の果てまで轟け。


 人の形を決め込んで。

自動車を体に組み込んで。

即興で忘れ去られた俺たちは踊るんだ。

鉄骨を手足に、トリック決めて。

明日も知らない俺たちは歌うんだ。

軋む金属音を声にして。

今晩だけはリズムに乗るんだ。

捨てられた俺たちは声に出す。

このパーカッションが続く限り。

お前の手で鳴り響く、パーカッションが続く限り。


この上のないパーカッションが。


 あくる朝。

信じられませんでした。

でもボロボロになった手が、リズムを刻まれた心が、事実だと確信させてくれました。

明るくなるにつれて、踊り歌いリズムに乗る鉄屑たちは少なくなり、踊りも歌も小さくなってしまって、ついには止まらなくなった腹太鼓の様なパーカッションだけが朝日に向かって続けてしまって。

 体に絡んでいた針金はいつしか消え、あれだけ動き楽しんでいた鉄屑たちは、微妙に場所を変えてそしらぬ顔で佇んでいます。

 寝不足の上に疲れ切った体に、不思議と力が宿りました。


 このスクラップ置き場で、新たな噂が囁かれます。

夜な夜な誰かがこの場所に忍び込み、演奏会を開いていると言うのです。

腹太鼓の様な水タンクを打楽器に、鉄琴みたいな鉄骨を打楽器に、シンバルらしきディズクを打楽器に、自らの掌を打楽器に。

そして何かが金属音を鳴らしながら舞い踊っているそうです。

そのリズムに乗って。


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