【第5章】藍の迷宮と羊の夢_015
「アハハハハ!ちゃんと避けないと死んじゃうよっ!」
サマエラが嗤うと、彼女が浮かぶ腐食毒の大波から『藍色』の水が放射された。
さながら城壁から降り注ぐ槍のように、『藍色』の軌跡を描く腐食毒がローラッドめがけて降り注ぐ。
「そんなの、当たるかよっ」
だがローラッドは空中で身を捻り、降り注ぐ『藍色』の放射を全て避けた。
六枚もある翼にさえ一滴の毒液も当たらないのは、ひとえに『感度自在』によって強化された空間認識機能によるものだ。
ローラッドはそのまま一気に飛びあがり、粘性の『藍色』で築いた大波の城の上に女王ぶって浮かぶ魔性の元へと迫る。
「おっと危ない」
「ッ!」
しかしその本体へ『悪魔』の手が届くことはない。
サマエラは奪った身体をすっぽりと覆うように『藍色』の液を波の上から噴出させた。
腐食毒で築かれたドーム状の防壁に触れないよう、ローラッドは手を素早く引っ込め、さらにその場を離脱した。
直後、彼のいた空間に『藍色』の槍が殺到し、狙いを外した『藍色』によって少女の身体はさらに腐食毒にまみれる。
「そう簡単に触らせるわけにはいかないよ。お兄ちゃんが触れたらすぐえっちなことになっちゃうもんね?」
少し離れた空中に飛ぶローラッドを再び見下ろしつつ、サマエラはにや、と笑った。
「にしても、お兄ちゃんとか他の人が触ったらヤバいこの毒を、この身体は浴びても平気なの。蛇は自分の毒では死なないって言うでしょ、それと同じなのかな?面白いね!ま、ずっと浸かっていたらちょっと寒くなってきたけど」
ファレニアが絶対にしないような淫らな表情で、わざと煽るように嗤う魔性。
その借り物の身体に異変が起き始めていることを、ローラッドは察知していた。
(明らかに体温が落ち始めている……)
ローラッドの横長の瞳孔を持つ獣の瞳は、彼が淫魔の血を引く象徴でもある。
『生気簒奪』によって、一時的にではあるが純血の性能に近づいたその目で、ローラッドはファレニアの身体から生命力が漏れ出し、急速に失われているのを『視た』。
彼の鼻も同様に、弱り、精神に付け入りやすくなっている生命の『匂い』を感じ取っている。
(本人は克服したようなことを言っていたが、やっぱりファレニアのプライマルは使うと身体にダメージがあるんだ)
まるで、水中の肉食魚が水平線の果てから血の匂いを嗅ぎつけるように。
あるいは、瀕死の陸上動物の頭上にどこからともなく現れ、死の瞬間を待ちわびる死肉喰らいの鳥のように。
ローラッドの全身の感覚器官が、少女の生命の『終わり』が近いと知らせていた。
だが彼の目的は少女を貪ることではない。
(とっとと決着をつけて、ファレニアを助ける……!)
少女が生きていなければ、『手段』にはならない。
ローラッドは額の汗を拭いつつ、肘を曲げた右手を静かにあげた。
「どうしたのお兄ちゃん、降参だったら両手を上げなよ」
「……本当なら、あんたの身体に傷をつけないようにするつもりだったが、そうもいかなくなった」
「は?」
ニヤニヤと笑みを浮かべつつも、男が言う意味が分からずサマエラは首をかしげる。
だが、それも当然だろう。
「すまない、ファレニア。ちょっと流れ弾があるかもしれないが、許してくれよっ!」
ローラッドが語り掛けていたのは乗っ取られた身体の主たる少女だったのだから。
「撃ち方、始めっ!!!」
羊角の少年はあげた右手を素早く倒すと、一気に飛行高度を上昇させた。
その直後。
「なっ!?」
広場を囲む民家や店舗。
その窓という窓から、魔性が君臨する、粘性の『藍色』で出来た波の土台に向かって攻撃が放たれた。
金属製の弾丸や矢、単純な投石、火炎、氷塊、雷。
日用品から誰かの『根源資質』由来の現象まで、ありとあらゆるモノが『藍色』の土台へ降り注ぐ。
「なるほど、お兄ちゃんが全部仕込んでたのか!その目を使って!」
魔性を見下ろす高さへ飛び、味方からの誤射を躱したローラッドは魔性の問いには答えない。
「けど、やっぱりこの身体は攻撃できなかったようだね。お兄ちゃんは大切にしてたもんね!それじゃあ意味ないよっ」
サマエラはこのやり取りでローラッド自身には有効打がないと判断し、狙いをいったん周囲のうざったい『眷属』たちへ向ける。
「寄せては返す、大波と小波!『藍色』の濁流は、全てを呑み込むっ!」
自身が浮かんでいた『藍色』の粘性を変質させ、流動性を高めたそれらで更なる大波を起こす。
広場中の屋台やゴミ箱、ベンチ、を呑み込んだ大波が、広場に面する全ての建物を倒壊させんと迫った。
巻き込まれれば腐食毒に溺れ、あるいは瓦礫に押しつぶされることが確定している死の大波は、しかし、ローラッドの『眷属』が居る建物へは殆ど到達しなかった。
大通りの入り口を塞いでいた触手、いや、イバラが一気に蠢いたかと思うとそれらの建物の防壁となり、魔性が広場へ進入した時と同じように『消波』したのだ。
「……ムカつく。こんなことをしても無駄なのに」
いらだちを隠さない魔性は再びローラッドを睨みつける。
対して、羊角の少年は冷静だ。
「無駄かどうか、確かめてみるか?」
だが、その目に宿るのは確かな怒り。
そして彼が指を鳴らした直後、広場中の建物から一気に『眷属』と化した人々が飛び出した。
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