【第5章】藍の迷宮と羊の夢_012
「こんなに『夢』が集まる場所があるなら、もーっと早く連れて来てくれたらよかったのに!」
ケタケタと嗤う紅の瞳。
指輪から飛び出たその魔性は、その瞳だけで、形のないガス状の身体に包まれて浮いている。
「サマエラ……!」
「最近何を企んでいるのかよく知らないけどさ、ローラッド・リリス・ナイトメア、キミはお母さんとの契約で縛られているのを忘れていないかい?反抗したって結果は見えてるじゃん。そして反抗期だからって、無駄な努力をしてあちこち歩き回るからボクが『お腹いっぱい』になるんじゃん、ありがたいけどね」
「……」
紅の瞳はヒュンヒュンッ!と飛び回り、結婚式の参列者から悲鳴が上がる。
その中でも動じずに立っていた若い修道女のそばに浮かび、サマエラは再びケタケタと嗤った。
「ボクだってリリスの娘、キミの妹なんだからさ!手袋で覆った程度で『夢』への干渉を完全に防げると思ったの?そりゃー直接『夢』を見せるのはできないけどね」
「……てめえ、その人を操って手袋を取らせたのか」
「ぴんぽーん!」
ふしゅっ、と紅の瞳から瘴気が噴出する。
ローラッドの『気薫赤熱』と同類の催眠ガスだ。
「『夢』を見かけたら、とりあえず『味見』しておくのが夢魔の本懐でしょ?そしたら珍しいくらいに純粋な『夢』を持っていたからね!ボクが少し干渉するだけで、ご覧の通りだ」
頭上で旋回する魔性のことなど気にも留めず、若い修道女は優しい笑みを浮かべている。
その虚な瞳には、周囲の状況など全く見えていないのだ。
「……それで?」
「ん?」
ローラッドは宙に浮いたサマエラを睨みつけつつ、周囲の様子を探った。
騒ぎが起きた時点でほとんどの人は逃げ出している。
結婚式の主役だった新郎新婦も、用意していた馬車で体よく脱出してくれたようだ。
(この状況なら、こいつが何をしてもそこまで被害は出ないか……)
少し安心しつつ、ローラッドは警戒を解かずに続ける。
「何をするつもりなんだ。見たところ、まだ完全な実体化はできていないみたいだな。腹いっぱいとか言ってたけど、出てくるのは時期尚早だった。違うか?」
「まー言ってることは合ってるよ。確かにボクはまだ完全には『満腹』じゃない」
紅の瞳はケタケタと嗤い、視線をローラッドではないどこかに向けた。
「にもつもち、この騒ぎはいったいどういうこと?」
そしてその視線から聞こえた声に、ローラッドは息を詰まらせた。
「アレはなに?魔物をかくしてたの?」
「ファレニア、今すぐ離れろっ!!」
羊角の少年が叫び、手を伸ばす。
だが、すでに魔性の紅瞳がファレニアに向かって突進していた。
ローラッドの手が届くよりも前に、藍色の少女は額に衝撃を受け、その身体が揺らいだ。
のけぞった少女は、しかし倒れる寸前で踏ん張り、身体を震わせた。
「だからさぁ!」
そしてファレニアは……いや。
ファレニアの声を奪った何者かが、叫んだ。
「こいつを使って、これからデザートを頂こうってワケ!」
直後、少女の輪郭が一瞬で溶ける。
そして、どぼぉ、と。
粘性の『藍色』が、少女の身体から溢れ出した。
「ご主人っ!」
「ああ分かってるよっ!!」
影の中から叫ぶ使い魔に叫び返しつつ、ローラッドは『感度自在』で脚力を強化、地面を強く蹴って少女だったものから距離を取る。
「ん~いいね!このコ、なかなか使い心地の良いカラダしてる!」
とめどなく溢れる『藍色』の噴水。
その中心で、ファレニアは……いや、その身体を乗っ取り、額に出現した紅の瞳は愉快そうに踊る。
「なんでか知らないけど、このコの『夢』に描かれるボクらのイメージはかなり具体的だね!まるで誰かが最近描き込んだみたいに具体的!だから、こうして……!」
ぽん、ぽん、と。
人を小馬鹿にしたような音が鳴ると同時だった。
藍色の少女の背にはコウモリのような翼が出現した。
嫌悪感を煽る光沢を持った細い尾が股の間からその槍先を覗かせ、淫らに揺れる。
そしてこめかみに出現したのは、小さくも禍々しい羊の角。
「じゃーん完成!ボク特製、『夢』見る少女、小悪魔風アレンジ!」
「……!」
「何を驚いているのさ。原理的にはお兄ちゃんのソレと一緒だよ、一緒!」
少女の身体に入り込んだ魔性は嗤う。
「『精霊界』は『魔界』から落ちた影、その逆も然り。『夢』を介して、この子の精神をちょっと『魔界』に案内してあげてるんだよ。まあ、いまのところこの角も翼も尻尾もあるだけで、大して使えはしないけど……長いことこうしていたら、そのうち馴染んで『本物』になっちゃうかもね!」
「てめぇ!」
「アハハハ!怒った?怒ったかな!?」
サマエラはファレニアが一度も見せたことのない、邪悪な笑顔で腹を抱える。
「さ、あとはどうしようかな?みんなが逃げたあっちの方に行ってみようか!うわぁ、おもしろそう!せっかくだし、この『藍色』の水で作った波に乗って行こう!」
魔性は乗っ取った身体の『根源資質』を早くも使いこなし、浴びればただでは済まない腐食性の『藍色』で宣言通りの波を作り始めた。
「ご主人」
「分かってる、俺の責任だ。これは、俺の軽率な行動が招いた状況だ」
ローラッドは固く拳を握る。
「あのバカをぶっ飛ばして、ファレニアを助けるぞ」
「まーそうなるよな。了解!」
そして使い魔は、どこか嬉しそうに返事をした。
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