【第5章】藍の迷宮と羊の夢_011
「おめでとう」「お幸せに!」
教会から共に腕を組んだ新郎新婦が出てくると、彼らが今から歩く『道』を作る参列者から祝いの言葉が投げかけられた。
それに笑顔で答える新郎の右腕には何かが入ったカゴがぶら下げられている。
「集まってくれた皆さま、ありがとうございます!」
「私たち、幸せになります」
そして新郎新婦は軽く頭を下げると、声を揃えて言う。
「「『精霊』よ、この良き日に我らと歓喜を分かち合う友人たちに、『祝福』を分け与えたまえ!」」
その『宣言』を聞いた参列者が一斉に、水を掬い取るようにした両手を頭上に掲げた。
「はじまるよ、にもつもち」
「えっ?」
呆気に取られていたローラッドに、ファレニアは「ほら、こうやるの」と他の参列者と同じように両手を頭上に掲げて見せる。
「あのひとたちが通るときに『祝福』をわけてくれるから、それをうけとれるように手をこうするんだよ」
「わかったけど、『祝福』って……」
「わたしたちもちゃんとならぶよ。来て」
ファレニアは困惑するローラッドの右手を取ると、参列者たちの間にちょうど空いている場所を見つけ、すっぽりと収まった。
自分がその隣に入るスペースはないと判断したローラッドがオロオロと他の『空き』を探していると、列の対岸にいる若い修道女がそれに気づき、彼に向かって手招きをした。
「こちらにどうぞ、羊の方」
「す、すまない。ありがとう」
ローラッドがその修道女の隣に収まったちょうどその時、新郎新婦が歩き始めた。
すると新郎新婦が近づいてきた者から順に、参列者は目を閉じ、姿勢を少し低くした。
そしてすれ違いざま、新郎の持つカゴから新婦が何かをひとつかみ、乞うように掲げられた両手の上へと投げ上げた。
淡い緑色の、花弁だろうか?
参列者で出来た『道』に、新郎新婦の手によって投げ上げられたそれが舞い始める。
「あれは『祝福』のクローバーです」
ローラッドが物珍しそうにしているのを見て彼が結婚式に初めて参加するのだと気づいた心優しい修道女が、そっとその耳元に囁いた。
「四つ葉のクローバーは『妖精』の羽根を象徴する、神聖な植物なのです。新郎新婦がああして四つ葉のクローバーを参列者に投げることで、お世話になってきた参列者に『祝福』を分け与える、という習わしなのです」
「あれ全部四つ葉なんですか!?」
「うふふ、珍しい感じがしますでしょう?でも実はあれ、この習わしのために育てられた四つ葉しかないクローバーなんですよ」
「あ、そうなの……」
「がっかりしましたか?」
若い修道女は羊角の少年へ柔らかに笑いかける。
「でも大事なのは形式ではなく、『祝福』を分け与えたいという気持ちです。気持ちが込められていれば、それこそ麦でもなんでも、何も撒かなくてもいいくらい。何事もそうでしょう?」
「気持ち……」
「ええ。きっとあなたにも心から共感できる時が来ますよ、羊の方。ほら、あなたも手を掲げて?」
「あ、ああ」
修道女に言われるがまま、ローラッドは両手を掬うようにして頭上に掲げる。
「その手のひらにクローバーが触れた時、『妖精』が『祝福』を分け与えるのです」
言われて、ローラッドは自らの手を見上げる。
『祝福』を乞い、掲げられた両手。
それを見る視界の端には、禍々しい角が見切れている。
獣の角、すなわち『悪魔』である体現。
(こんな俺でも、『祝福』を受け取る権利はあるのだろうか)
「さ、そろそろですよ。目を閉じて、祈るのです。自らの幸福を、精霊の『祝福』を……」
修道女の声に従い、ローラッドは目を閉じる。
だが、祈る、とはなんだ?
目に見えない『精霊』に、何を思えばいい?
羊角の少年の頭を疑問が埋めるが、そういえばひとつだけ、『精霊』でも神でも、なんでもいいから祈りたいことがあった。
上向けた手のひらにクローバーが触れた程度で、何か風向きが変わるわけでも、事態が好転するわけもないとは分かっていたが。
それでも羊角の少年は思う。
願わくば。
こんな自分でさえも照らしてしまう黄金の太陽が、二度と曇ることが無くなりますように。
ローラッドは想い、そして、クローバーが手のひらに触れる感触を待っていた。
「あら、羊の方。すみませんが……」
そして彼が違和感に気が付いたのは、同じく何かに気が付いたような修道女の声を聞いた瞬間だった。
願わくば。
彼自分自身がそうしたように。
祈りとは、願いであり。
願いとは、欲望である。
「手袋をしていては、『祝福』は受け取れませんよ。そのままにしていてくださいな、取って差し上げますから」
「やめっ……!」
ローラッドが制止しようと声を上げたのと、『精霊』の教えを知らない哀れな子羊が『祝福』を受け取れるようにと、優しい修道女が少年の右手を覆う手袋を取ったのは、ほぼ同時。
大勢の欲望に曝露され、羊角の少年の右薬指に巻き付いた『指輪』がひときわ大きく震えて。
「こんなにたくさんの『夢』をありがとうね、お兄ちゃん!」
共に一歩を踏み出した男女と、それを祝う者たち。
互いの幸福を求める『欲望』によって遂に飽和した宝石から、鮮やかな紅の瞳を持つ魔性が飛び出した。
読んでいただきありがとうございます!
遅くても3日ごとに更新予定!
ゲリラ更新するときはTwitter(@avata_futahako)でお知らせするのでフォローしてね!
あと、評価やブクマ、感想をもらえると嬉しいです!




