【第5章】藍の迷宮と羊の夢_008
「いらっしゃいませ」
ローラッドとファレニアが入店すると、腰を折って丁寧に挨拶する店員に出迎えられた。
黒い修道服と、クローバーのような形のネックレスを首から下げたその姿は『精霊聖教』のシスターだ。
店内は静かで商品も多くはないが、どこも整頓されていて質素ながらどこか清貧な雰囲気が漂っている。
ここは『精霊聖教』の傘下にある相互扶助組合が運営する雑貨店。
ファレニアが悩んだ末に案内した、彼女の『好きな店』だ。
「ね、ねえにもつもち。ほんとうにここで選んでいいのかな?」
藍色の少女は不安げにローラッドを見上げる。
「あにさまは牧師さまのおはなしもまともに聞いたことないし、精霊もぜんぜん信じてないよ?ここで選んだのをわたしたってよろこばないんじゃ……」
「そりゃまあ説法書とかそういうガチなのを渡してもしょうがないけど、ここに置いてあるのをよく見てみろよ」
ローラッドは言いつつ、近くの棚にあった指輪のアクセサリーを手に取る。
妖精の羽根を模しているらしいクローバーの意匠を象っているそれは、単純に金属細工としてなかなかの出来栄えだ。
「こういう、普段使いもできるようなアクセサリーとかインテリアも売ってる。あいつに似合う服をあれこれ想像しながら選ぶのも一つの手だとは思うが、正直言って好みをドンピシャで当てるのは難しいだろ?だったらもう一方の視点……あげる側の好みのものを『好きになってもらう』プレゼントにするのだっていいんじゃないか」
「それってめちゃくちゃおしつけがましいような……にもつもち、さっさと終わらせようとテキトーなこと言ってない?」
「ま、まあもちろん程度の問題はあるがな?」
ファレニアから向けられる疑いの眼差しに、ローラッドは苦笑いで応えつつ、
「でもマリュースはお前からのプレゼントを無下にするようなことはないと思うぞ。心を込めて選んだものなら喜んで受け取ってくれるはずさ」
「なんでおまえがあにさまを知ったように語るの」
「なんでって、あいつもあんたのこと好きだろうから」
「なっなにをいっゴホゴホッ!!?」
色白なファレニアの顔が一気に赤くなる。
「外から見てたらだいぶわかるぞ。あんたら距離感がなんかおかしいから、少なくとも兄貴があんたのことをかなり大事に思っていることくらい。たとえ色恋の感情じゃないとしてもな」
「そ、そうなのかな……」
「ほぼ間違いないさ。さ、プレゼント選びを再開しよう」
いつもの調子はどこへ行ったのか、もじもじとしおらしくしているファレニアの背中を物理的に押し、ローラッドは店内の探索を開始した。
ーーーーーー
「これとか、どうかな……色はまだきめてない」
数十分ののち、ファレニアが選んだのは最初に見た指輪と同じようなクローバーの金属細工があしらわれたイヤリングだった。
色にいくつかバリエーションがあるらしく、ファレニアはそのうちの3種を手のひらに乗せてローラッドに見せる。
「いいんじゃないか?こういうのだったらさりげないし、あいつの耳はそもそもイヤリングがたくさんついてるからな。着けてくれると思うぞ」
「そう、だよね。わかった……!」
ぱぁ、と表情を明るくするファレニア。
ローラッドは出会ってから今この瞬間までほぼほぼ表情筋の死んだような無表情のファレニアしか見てこなかったのもあり、心中で感動すらした。
エルミーナではないが、本当に顔が輝いているようにすら見える。
「じゃああとは色か……『安寧』をしめすみどりは外せないとして……」
再び並べられたイヤリングをファレニアは見比べ始めた。
少女はなにやらぶつぶつ言って集中しているが、こうなってしまうとローラッドは手持無沙汰だ。
「なあファレニア、あんたはどうして兄貴のことが好きなんだ?」
だからというわけではないが、ローラッドは自分がやや踏み込んだ質問をほぼ無意識に口走ってしまったことに気づき、直後にはハッと気づいて冷や汗を垂らした。
ファレニアは少し顔を上げ、ローラッドを睨みつける。
「あにさまは、わたしがずっと小さいころからやさしいから」
だがローラッドの予想に反して、ファレニアは小さくため息をついた後にぽつりぽつりと語り始めた。
「わたしに『根源資質』がでてきたとき、おとうさまとおかあさまは『悪魔』のしわざだとかんがえた。かんがえて、そのときゆいいつ『根源資質』の研究をしていた研究所にわたしを捨てた」
「……ひどいな」
「『湖が濁っていたら川を調べなさい。川が淀んでいたら山を調べなさい。山が毒に侵されていたら、それを取り除きなさい』。わたしという『毒』をとりのぞいて、おとうさまたちはきれいになったの」
ファレニアは『精霊書』の一説と思しき言葉と共に、暗い思い出を吐き出す。
「研究所のひとたちはわたしにさわらなかった。くさっちゃうから。けど、わたしじしん、からだからでてくる『藍色』をせいぎょできていなかったから、なんかいも死にかけた。そして死にかけるたびに、『手袋』をしたひとたちがわたしに何かして……すごくいたいけど、いたいままだけど、生きることはできる。そんな毎日で、あにさまだけがわたしに触ってくれた」
「同じ施設にいたんだな」
ファレニアは静かに頷く。
その目はわずかに潤んでいた。
「そのうち『藍色』をつかいこなして、じぶんでおぼれちゃうことはなくなった。だからあにさまといっしょに施設を出て、ずっといっしょにくらしているの」
「じゃあなんで兄貴なんて呼ぶんだ?血は繋がってないんだろ」
「……わたしとあにさまは結ばれちゃいけないから」
呟くように言ったファレニアは手にしていたイヤリングを置き、じっと両手の平を眺めた。
「『悪魔に取り憑かれた者を、他の者と番わせてはならない。悪魔は人を渡り、やがてすべてを不幸へと導く』。わたしは『悪魔』に憑かれているから、あにさまとは結ばれちゃいけない。だからほんとうの家族だと思えば……お兄ちゃんだと思えば、好きにならないと、おもってた」
ぎゅう、とファレニアは拳を握った。
「けど、おまえのせいで……あにさまのことを、もっと好きになっちゃったんだよ……!」
少女は羊角の少年を睨みつける。
「……ねえ、どうしたらいいと思う?」
その目からは、藍色の涙が流れ落ちていた。
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