【第5章】藍の迷宮と羊の夢_007
「ここはだめ」
「センスない」
「こんなのあにさまには似合わない」
店を見繕ってから1時間後、ファレニアからの容赦ないダメ出しの嵐にローラッドは肩を落としていた。
「おいおい、見つけた店ほぼ全滅じゃねーか」
「にもつもちがいいみせを見つけられないのがわるい」
羊角の少年もくたびれていたが、それ以上にファレニアの機嫌が露骨に悪くなってしまった。
店を回っている間に段々と機嫌曲線が下降していき、今や地を這うがごとく。
通りかかる通行人全員を睨みつける勢いであり、あやうく『藍色』が染み出しかけている。
「まぁあれだ、いったん休憩しようぜ。もうそろそろ昼だし」
「わたしはにもつもちが時間ないって言うからいそいであげてるのにやすむなんて」
「そう膨れられてもな……」
ある程度は『感度自在』で誤魔化しているとはいえそろそろ歩きっぱなしの脚を休めたいローラッドはなんとかして藍色の少女をその気にさせるべくあたりを見渡す。
「祝福されしパンを使用した特製サンドはいかがですか~運気が上がりますよ~~~?」
目についたのはショートカットの快活そうな女が何やら呼び込みをしている屋台。
祝福、が何を意味するのかはさっぱり分からないが、どうやら軽食を売っているようだ。
おあつらえ向きに、屋台の真横には座れそうなベンチがある。
(なんか『精霊聖教』の話をよくするし、あれならこいつも動かせそうだな)
相変わらず不機嫌に突っ立っている少女をちら、と見て、ローラッドは『それっぽい言葉で釣って気持ちよく休憩してもらおう作戦』に打って出る。
「うんうん、アレだ。ファレニア、俺たちに今足りてないのは『運気』だと思うんだ。きっと『運気』が足りないから、良い感じの店も見つからないわけで……」
「あそこで売ってるのがたべたいならそう言えば?」
ふん、と小ばかにするように鼻を鳴らしつつ、ファレニアはすたすたと歩き出す。
「どうせインチキだろうけど、なにをもって『祝福』と言ってるのか、たしかめてやる」
「そ、そうだな!そうしよう!」
当初の想定とは違ったが、誘導成功。
ローラッドはホッと胸を撫でおろした。
ーーーーーー
「ほら、買って来たぞ」
数分後、羊角の少年は先に場所取りをお願いしていた少女の元へ、油紙に包まれた『祝福』サンドを手に戻ってきた。
決してパシられたわけではなく、彼は自ら率先してパシったのだ。
(急に気が変わって歩きながら食べるとか言いそうだしなコイツ……)
全ては脚部の平穏のため。
しかし意外にも(?)、ローラッドの心配に反してファレニアは大人しく座って待っていたようだ。
「『悪魔の手から施しを受け取ってはならない』」
「……えっと?」
「いったんおひざの上において」
「お、おう」
少女の謎の指示に従い、ローラッドは買ってきたサンドを小さな膝の上に乗せ、自らもその隣に座った。
「麦でつくったパンに葉野菜、煮豆、酢と果汁で作ったドレッシング……確かに『祝福』を自称するだけあって、きほんはおさえてる」
サンドを開封し、中を覗き込んで、さらに匂いも嗅いだファレニアがぼそりと呟く。
「何の基本だ、それは」
「野草と果汁のサンドは『精霊』が人にほどこした『贈り物』のひとつ。それをまねしてつくるサンドは、よいたべものなんだよ」
「それも『精霊書』によると、ってやつね」
ファレニアの語る『精霊聖教』の教えを適当に聞き流しつつ、ローラッドはサンドを一口食べてみた。
特に肉は入っていないようだが、煮豆の味付けがやや濃い味で満足感がある。
それでいて酸味のあるドレッシングとさっぱりした葉野菜が中心なので、なんというか、次の一口を運ぶのに躊躇しなくて済む。
そんな味だった。
「……うん、結構うまいんじゃないか」
「なんだ、『祝福』にたえられなくて爆発するかとおもったのに」
「俺が『悪魔』だから?」
ローラッドが聞き返すと、ファレニアはサンドを頬張りつつこくり、と頷いた。
半日近くも一緒に行動すると、流石に価値観……というより、言動のクセのようなものが読めてくるものだ。
「宗教ねえ、俺はぜんぜんピンと来ないな」
「にもつもちはそれでだいじょうぶだよ。『精霊』も『悪魔』なんかにいのられたくないはずだし」
「それはそうかもしれないが……なあ、『精霊』を信じるってどんな感じなんだ?目に見えないのに」
少女の手厳しい言い草に苦笑しつつ、ローラッドはふと思いついた問いを投げかける。
「目にみえないものなんか、このよにいくらでもある。『精霊』も目にみえないだけで、いる」
対して、ファレニアは断言すると、両手に持った食べかけのサンドに視線を落とす。
「だから、祈っていればわたしもいつか……」
その目と声色に滲む『何か』に、ローラッドは『指輪』がかすかに震えたのを感じた。
つまり追及してもロクなことにならなさそうなので、ローラッドはサンドにかぶりつくことで発生した『間』を誤魔化す。
「にもつもちは騎士をめざしてるんでしょ?」
「んぐっ!?」
そして少女からの予想外の問いに喉を詰まらせかけ、自分で胸を叩いてなんとか呑み込む。
「な、なんだよ急に」
「アンナ教官がいってたよ。おまえが決闘であにさまにかったのは、騎士を目指してとっくんしていたからだって。騎士になるためのじゅぎょう受けてたのもそのためだったんだ」
「なんでバラすんだ鬼教官め……」
脳裏に浮かんだ意地の悪い笑みを振り払いつつ、ローラッドは空を仰ぐ。
「まあアレだ。小さいころからの憧れっていうか」
「騎士にあこがれるの?わたしはきらいだよ、騎士」
「か、仮にも俺が騎士を目指してるって聞いてそれ言っちゃうのか」
「きらいなものはきらい。かたいし、きびしいし、ぼうりょくてき」
ファレニアもまた、程よく雲のある晴れ空を見上げて言う。
「『精霊』はすき。やさしいし、ぼうりょくもないし」
「どんな比較だよ……ん?」
適当に突っ込みんだところで、ローラッドの脳に閃きが舞い降りた。
「ファレニア、イイ感じのプレゼントを見つける方法が分かったぞ」
よっ、と一息にベンチから立ち上がりるローラッド。
ぽかん、とそれを見つめる少女に、彼は右手を差し出す。
「マリュースが好きそうな店じゃなくて、あんたの好きな店に行こうぜ」
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