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【第5章】藍の迷宮と羊の夢_006

「疲れる店だったな」

「そう?にもつもちにはまだなにも持たせてないけど」

「そうではなく……いや、いいや」


 妙な店員のいる妙な店(店名すら確認していない)を後にし、通りに戻ったローラッドは疲労困憊(ひろうこんぱい)だった。

 結局、店を出ようとしたところを執拗に引き止められ、最終的にはドアを封鎖しようと蠢き出したイバラをファレニアが『藍色』で枯らすぞと脅し、ようやく出てこれたのだ。


「やっぱおまえじゃあにさまとは違いすぎてあんまりさんこうにならなかった。次いくとしたらあにさまといく」

「あんな店に再訪すんの……?」

「あにさまは無敵だからなにをされてもだいじょうぶ」

「……そうかもな」


 ローラッドは相変わらず独自の価値観を語るファレニアにいちいち突っ込むのをやめ、周囲を見渡してみる。

 相変わらずじろじろとこちらを見る視線はいくつかあるが、こちらに近寄ろうとはしない。

 あるいは、そもそも興味をなくしたようだった。

 おそらく既に噂が駆けずり回り、『歩く厄災』の妹の方が来ている、と周知されたのだろう。

 恐怖する者はこの場を離れ、そうでないやつの大半は特に興味がない、というわけである。


(にしたってこうも見られる状況はやっぱ落ち着かねえな)


 羊角の少年が思い出すのは黄金の令嬢との初登校の日。

 あの日はエルミーナが半ば強引に周囲の視線を潰したわけだが、仮に今回もそれをやる場合ファレニアがやることになるわけだ。

 シャレにならないタイプの『怪我』を量産する未来が少し見え、ローラッドは耐える決意をする。


「次に行く店は決まってんのか?」

「うーん」


 羊角の少年が気を紛らわせるために問うと、藍色の少女はしばし唸った後「とくにきまってない」と意外な結論を出した。


「……確認だが俺たちは今マリュースへのプレゼントを選びに来ているんだよな?想定店舗が1つだけなんてことがあり得るのか?」

「だってあのおみせですぐ決まると思ってたし」

「それが決められないから俺まで駆り出したんだろうに」

「というかおまえ役に立たなかったし」

「まあ確かに、それはすまかった」

「意外にすなお?」

「俺は元から素直だよ」

「『悪魔』のくせに」


 ファレニアの偏見をいったん無視しつつ、ローラッドは少し考えて、


「わかった、ちょっと待ってろよ。お詫びに適当な店を見繕ってやるから」

「この人混みの中で?」

「……まあ覚悟さえ決めれば方法はある」


 言って、少年はぐっ、と背中に力を入れた。

 直後、その背中に『悪魔』の翼が展開される。


「『感度自在(リアクションオーバー)』で視力を調整して……よっと」


 ばさり、と羽ばたき垂直に上昇する。

 いくら地上が人に溢れていようと、飛んでしまえば視界は確保できる。


「ご主人、人前では飛ばないんじゃなかったのか?」

「『手段は選ばない』って決めたからな。エルミーナに迷惑もかけられないし、ここを乗り切らないとどのみち詰みだ」

「そうかよ、ケッ」


 相変わらず不機嫌な使い魔を影の中へしまいなおしつつ、それらしき衣服店の看板を探す。

 その過程で思わぬ発見もあった。


(意外とプライマルを使って商売してるやつも多いな……)


 鍛治では構造上不可能な形に加工した金属アクセサリーや、継ぎ目のない玉の中に魚とその飼育に必要な環境を閉じ込めたアイテム、怪しげな薬など、通常ではなかなか見られない奇妙なものの露店が多く出ていた。

 ビヤストもとい学舎通りが流行の発信源になるのも納得の光景だ。


(まあいま用事があるのは普通の服屋だけどな)


 よそ見をやめてちゃんと探すと、目当ての看板はすぐにいくつも見つかった。

 ローラッドはその中からいくつか選んで場所と道順を覚え、元の場所に着地する。


「ファレニア、とりあえずここからあっちの方に良さ」


 羊角の少年が藍色の少女をさっそく案内しようと声をかけた時だった。


 ワアアアア!と。

 周囲から浴びせられた拍手と喝采が、雪崩のようにローラッドの会話を押し流してしまった。


「すごい!今の何?なんの能力?」

「よく見たらあなた『黄金令嬢』の隣にいた羊くんじゃん!飛べるの?え、もう一回見せて?笑」

「え、いや、ちょっと……」


 ローラッドが困惑している間にも、わいわいと野次馬たちが集まってくる。

 身動きが取れなくなってはまずいと彼が焦り始めた時、ファレニアがギロリ、とその目を睨んだ。


「にもつもちはめんどうばかり起こして……どうするのこれ」

「悪い、こんなことになるのは想像できてなかったんだ!な、なんとか穏便に追い払えそうか?」

「……できるけど」

「あくまでも穏便にだ、な?」


 頼みこまれた少女は心底面倒そうにため息をつく。

 だが次の瞬間、その輪郭は溶け始め『藍色』の毒液がどろりと湧き出し始めた。


「ちかよるな、やじうまども」


 その声は小さかったが、効果は絶大だった。

 押し合いながら、野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように通りのどこかへと消えていく。


「すげぇな……」

「ふん。こんなことさせないでよにもつもち。めんどうだから」


 溢れた『藍色』を自らの身に回収しつつ、ファレニアは再びローラッドを見る。


「……やっぱりおまえ、本物の『悪魔』なんじゃないの」

「さ、さあ、どうだか……」

「『妖精が導く水場に悪魔が一滴でもワインを垂らしたのなら、そこから飲んではいけない』」

「なにそれ?」

「『精霊書』の一説だよ」


 ファレニアはすたすたと歩き出しながら、振り返って言う。


「ほんとうはダメなんだよ。おまえと関わるのはきょうだけだからな、にもつもち」


 その視線の鋭さから察するに、どうやら何か根本的に嫌われてしまっているようだと、ローラッドは改めて悟った。

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