【第1章】指輪と光と犬とキスと_009
「あの、大丈夫?」
「んお……」
ゆさゆさ、と身体を揺さぶられ、ローラッドは目を覚ました。
「あんた、は……」
「あら、今日あんなにひどいことをしてくれましたのに、もうお忘れ?救護室に運んでくれたらしいのは感謝していますけど」
「うわっ!?」
自分を揺さぶっていたエルミーナからその一言を聞いた瞬間、ローラッドは跳ね起きた。
街灯の光が近づき、通りの石畳の冷えた感触が離れていく。
ちゃんと服を着ているか、慌てて自分の身体をあちこち触って確かめるが、正直よく分からない。
そしてローラッドが顔を上げると、目の前には金髪の少女、エルミーナが怪訝な顔をしていた。
「お酒でも飲んだの?まるで酔っ払いみたいだけど」
「な、なあ!俺は今ちゃんと全部着ているか!?」
「わあああなんですの急に!人を脱がした後は自分も無意識に脱ぎたくなったりするわけですか!?」
混乱したローラッドが突然両肩に手を置いて問いかけてきたので、黄金色の少女は驚きつつも彼の全身を眺めた。
「服は全部着ているように見えるけど……こんな路上で服を脱いだ覚えがあるの?どういう状況?」
「どういう状況かは俺が聞きたいくらいだよ。『約束を守る』ってひとことを言うだけであれやこれやと余計なことを……待てよ」
ローラッドの言っている意味がわからず首を傾げるエルミーナに、彼は猜疑の目を向ける。
「お前、本人か?」
「どういう意味よ。わたくしは正真正銘、アルゴノート家に生まれてこのか……た……?」
お嬢様自慢の名乗り口上は中断された。
突然ローラッドが身体のあちこちに触れ始めたのだ。
「角はねえよな?目は普通か?翼は?足は?尻尾が生えてたりは……」
リリスには変身能力がある。乗っ取った女の身体が変形していたのはそのためだ。
目の前の知り合いももしかしたらリリスかもしれない。
ローラッドは疑念のままに暴走していた。
そしてエルミーナの方はといえば、突然の事態に思考がついてこれず、口をパクパクとさせているだけだ。
「そうだ!あいつは腹に淫紋があるんだった。ちょっと確かめさせてもら」
「一度ハダカを許したからと言って調子に乗ってんじゃねーですわよこの変質者ァ!!!」
「ギャアアアアアア!?目がぁあああああああ!!」
ローラッドが服をめくった瞬間、エルミーナのヘソのあたりが鋭い閃光を放ち、ローラッドの網膜を貫いた。
不届者への当然の報いである。
「で?こんなところで寝ていた理由はなんですの。答え次第では今の無礼を不問にしてやってもいいわ」
「……厄介な『知り合い』がいるんだよ。そいつと喧嘩になっただけだ」
「ふぅん、知り合いね?」
ローラッドは一応嘘をつかなかっただけで、全てを話すつもりはない。
エルミーナの方も、彼が何かを隠していることくらいは諸々の状況から察せられた。
「まあいいわ。立てそう?」
「一体なんの心配をして……うおっ!?」
エルミーナが差し出した手を振り払って立とうとして、ローラッドはバランスを崩した。
さっきは気づかなかったが、足腰にうまく力が入らないのだ。
「くそっ……絶対あいつの毒のせいだ」
「その『知り合い』とやらはプライマル使い?麻痺毒を使えそうなのは2、3人知ってるわ」
「まあ、そんなとこだ。お前は多分知らないやつだけどな」
ローラッドは結局彼女に引っ張って貰って立ち上がり、住処に向かってヨロヨロと歩き出した。
「帰るの?家まで送るわ」
その隣にエルミーナもついてきた。
「必要ねえよ。むしろあんたこそ護衛が必要なんじゃねえのかお嬢様」
「とことん陰険なやつね!わたくしはあなたの身を案じているだけですのに」
「案じるって……」
「夜が苦手なのでしょう?」
「っ!?」
ローラッドは息を呑んだ。
突然図星を突かれ、エルミーナを追い払おうと考えていたあれやこれやの悪口が忘却の彼方へと吹き飛ぶ。
「わたくし、人間観察は得意なの。学園で見かけるたびに眠そうにしているし、目の下にはいつからこびりついているのかわからないくらい濃いクマができている」
「……ロクに会ったことなんかないだろ」
エルミーナは得意げに「少し調べさせてもらったと、言わなかったかしら?」と笑うと、
「あのダンジョンであなた自身が言っていた『夜昼逆転』発言……正しくは『昼夜逆転』だと思うけど、要は夜に起きているのよね?その動機はおそらく恐怖、あるいは警戒心。これらの状況証拠から導き出されるのは、あなたが夜を恐れている、ということ!簡単な推論よ」
「……」
「あなたは暗くなる前に帰りたかった。けど、わたくしを救護室に運んだせいで遅れて、結果的に『知り合い』からの襲撃にあった……つまり、この『知り合い』こそあなたの夜苦手の原因なんじゃないかしら。なら、襲撃の原因を作ったわたくしがあなたを安全に家まで送り届けてこそ、責任ある令嬢というもの」
ローラッドはドヤ顔で論理の飛躍した推理を述べるエルミーナを否定したかった。
だが、大筋で合っている。
ローラッドは夜が苦手だ。
理由は単純明白で、リリスが出現するのは決まって夜だから。
もっとも、先ほどの『契約』が有効ならリリスはしばらく姿を現さないはずで、もう夜を恐れる必要はない。
そう頭ではわかっていても、心細いものは心細い。瘴気に含まれていた『毒』のせいで弱っている今はなおさら。
ローラッドは、観念して、今は彼女の好意に素直に甘えることにした。
「分かった分かった。降参だ。しばらく付き添ってくれ」
「やっと素直になったわね、任せなさい!このわたくしの隣にいる限り、暗闇などありえなくってよ!」
「いや、光量はそのままでいいやめろ眩しいっ」
ローラッドは一帯を昼間に変えるほどの輝きを放とうとするエルミーナを抑えつつ、次の事項へと思考を移していた。
つまり、そもそもなぜこの女が自分を手助けするのか、ということ。
(ダンジョンでは敵対していたし、結果的に俺はこいつに恥もかかせている。俺の悪評自体は知っているだろうし、そうでなくても『親衛隊』とやらが救護室で起きたこいつに色々吹き込んでいるはず。一体何が目的だ)
ローラッドは考えながら、黙って横を歩いているエルミーナの顔を見た。
見れば見るほど美形だ。
黄金比、という言葉の使い方としては不適切かもしれないが、大きな金色の目とくっきりした鼻、柔らかそうな唇と、それらを乗っけている肌はまさに黄金のごとき完璧な比率でひとつの顔面に収まっているようだった。
なんなら輝いて見える……いや、輝いているのは本当だったか。
「……」
親切にされて悪い気はしない。
『普通』の人間なら、好意を抱いてしまうこともあるだろう。
あえて自分に言い聞かせることで、ローラッドは心に保護をかけた。
女と仲良くするなんてありえない。母親の付け入る隙を増やすだけだ、と。
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