【第5章】藍の迷宮と羊の夢_003
「ここがかの有名な『学舎通り』か……」
周囲が多くの通行人でごった返す中、ローラッドは奇抜な装飾の施された木製のアーチを見上げていた。
一直線に長い通りの入口と出口にあるアーチが象徴するのは多くの店が集まっている商業区画、通称『学舎通り』。
元々この地域にあった死に体の商店街を、『根源資質』の発見および『学園』創設に伴いどこぞの大貴族が出資して大改造、息を吹き返し現在では『学園』の生徒を中心とした若者文化が生まれ廃れていく流行の最前線と化している……のだとか。
「なんだ、へんたいひつじ。びやすとは初めてか」
「話でしか聞いたことが無かった。ところで『びやすと』って……ああ、『学舎通り』の別名か」
学舎通り→マナビヤストリート→ビヤスト。
ローラッドは周囲の会話に飛び交う言葉をさりげなく拾い、頭の中でどうにか意味不明の言葉の語源を探り当てた。
「しらないの?『悪魔』らしくおくれてるね」
「なんだ悪魔らしくって。俺をバカにしたいだけだろ」
「わたしはあにさまといっしょに来たことあるもんねー」
喜びを全身で表現するように、ファレニアは両手を広げてくるくると回る。
一時はどうなることかと思ったが、どうやら上機嫌そうな少女を見て羊角の少年はホッと胸を撫で下ろした。
そんな彼の『学び舎通り』に関する知識が伝聞形なのは、そもそもの話として彼は今年『精霊界』に降り立ったという事情が絡んでいる。
(俺は『精霊界』で1回の冬すらも過ごしていないんだぞ。流行の最先端なんぞ知るわけがないだろ……)
「なにをボーっとしている。早くいくぞ、にもつ持ち」
「はいはい、一応変態扱いからは昇格したか……」
内心愚痴りつつ、ローラッドは人混みの中へズンズンと前進していく小さな背中を追いかける。
正直そんな体格で人の群れに飛び込んで大丈夫なのか、と一瞬心配になるも、ファレニアの進む先には自然と通り道ができていた。
さながら、地方へ周遊する王族を迎える人々がごとく。
「ねえ、アレって……」
「あの子、『歩く厄災の』……」
人混みから羊角の少年の耳に飛び込んできた言葉が、そんな超常現象の理由を物語っていた。
この世界で初めて見出された『特異零番』にして最強の『根源資質』、『神の手』で全てをなぎ倒す暴君、マリュース・アダミスキー。
その妹である『浸蝕する藍色』、ファレニア・アダミスキーもまた、界隈の有名人。
「あの陰キャっぽい羊のやつは?」
「こないだ『学園』で見たような……」
「『黄金令嬢』の家来じゃなかったっけ」
「ウソッ浮気?ただでさえ釣り合ってないのに」
色々と余計なお世話だった。
「ったく、これだから人間は苦手なんだ……」
「おっ、久々に殺すか?ご主人」
「まるで俺が一度でもそう命じたことがあるかのようなテンションで言うなブラッディ。今はじっとしていてくれ」
ローラッドは人目を振り払うように軽く首を振りつつ、右肩から飛び出しかかった桃色コウモリを影に押し戻す。
「ん?」
「いや、なんでもない!それより当たりをつけている店はあるのか?適当に見て回るより、まずはそこに行くのがいいんじゃないかな」
「さいしょからそのつもりだって」
そしてファレニアはローラッドの影に別の存在が潜んでいることを知らない。
振り返った少女が再び歩き出したのを見て、ローラッドはとりあえず安心した。
(せっかく『ひとりで』会いに来たことになってんだから、バレないようにしてくれ……!)
(あいあい了解。たとえ『ご主人サマ』が死にかけようと大人しくしてるよ)
羊角の少年が釘を刺すと、なぜだか不機嫌そうな使い魔は影の中でふてくされた返事を投げてきた。
一応それで静かになったのだが、今度は手袋の内側で『指輪』がカタカタと震えた。
「ウケる。この調子なら今日もたくさん『夢』が集まりそうだね、お兄ちゃん?」
「お前も余計なことはするんじゃねえぞ……!」
「はーい」
「……なにをそんなにぶつぶつ言ってんの?」
「い、いやっ!なんでもない!ちょっと、その、人混みが苦手で……!」
再び振り向いた少女の疑念の瞳から逃れるべく、ローラッドは苦し紛れながら誤魔化しにかかる。
当のファレニアは少年の言い分を聞き、少し考えるようなそぶりを見せたが「せいぜいはぐれないでね。まいごになったおまえを探すの、さすがにめんどう」と冷たく言って歩き出した。
ただし、その歩調は少し緩やかになっていた。
(やっぱ根はいい子っぽくはあるんだよな、こいつも)
デリカシーの欠片もないあの兄に対して、やけにできた妹のように見える藍色の少女。
名前が異なる『秘密』の答えもそのうち教えてくれるのだろうか、などと考えつつ、ローラッドはその背を追った。
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