【第4章】娯楽と交渉は紙一重_022
「……侵攻って、その言葉の意味はちゃんと分かってるんだよね?」
「ああ」
ゆっくりと、しかし脅すような声色の再確認に、ローラッドは躊躇なく首肯する。
数秒の沈黙の後、ジタリーは額に手を当て「なるほどね〜」と唸った。
「ホンキなんだ。でも言いたいことはたくさんあるよ。ウチらの『兵力』をちゃんと把握してるのかとか、いろいろ。けど、いちばんどーしよーもない点がひとつ」
ジタリーが人差し指を立て、鮮やかに彩られた爪がきらりと光る。
「侵攻しようにも『魔界』への『通路』はリリスが塞いでる。とゆーか『通路』が塞がれているからウチらは困ってるワケで。それをどうにかする方法があるんなら、そもそもココを娯楽施設に変えなくたっていいじゃんね?」
「……あんたは仮に『魔界』と自由に行き来できたとしても商売してたんじゃないか」
「えー?どーだろーね?ジタリー、おばかだからあんま想像つかないけどぉ」
間延びした声で言いながら女ケンタウロスはニタニタ笑う。
その表情は言葉よりも雄弁だ。
「方法なら、ひとつアテがある」
底知れない『商売人』に呑まれないよう、ローラッドは慎重に言葉を選ぶ。
「だがまだ未検証だ。これはアラクネのやつにも話したが、そのアテにしている『方法』が使えなかったら、この話は無かったことにしてくれていい」
「えー、そんなこと言っていいのぉ?色々してくれたのに無駄になっちゃうんじゃない」
「俺らには時間がないんだ。ぶっつけ本番でも進んでいくしかない」
「まあ心意気はらんらんの若さが出ていて好きだけど。そのアテにしている『方法』っていうのは具体的に何なの?」
「あんたも知ってるはずだぜ。空間的に断絶された『魔界』と『精霊界』に通路をこじ開けられそうなのがいるとしたら、該当者はひとりしかいない」
緊張から、羊角の少年はいったん唾を呑み込んだ。
「『特異零番』、マリュース・アダミスキー」
「……あいつかー」
そしてその名が告げられた瞬間、ジタリーは遠い目を空中に泳がせる。
「ウチらのとこに無理やり押し入って大勢ケガさせたあげくに構造図だけ奪っていったデカ男くんね。あんなのに協力なんかしてもらえるの?」
「協力してもらうしかない。そっちの方法はいま考えているところだ」
「若っ!やっぱ考え方かなり若いねー、羨ましい」
「……あんたも大して歳は変わんないだろ」
「どうかなー?想像しているよりずっとお姉さんかもよ。ま、わざわざは教えないケドね……あ、じゃあ若さついでにもひとつ質問なんだけど」
ジタリーは変わらないテンションで、しかし今まで以上に鋭い目つきでローラッドを見る。
「『魔界』に無事たどり着いたとして、リリスを倒すって生半可なコトじゃないよ。単純な暴力は絶対通用しないし、何かしらの方法で1体倒しても『夢』の中に複製された分身が本物のリリスになるだけ。それをひっくるめて解決できる、一発逆転の『必殺の一手』くらいは、もう用意してあるんだよね?」
「……それは」
ローラッドは説明しようとして、言いよどむ。
ここはアラクネにもぼかして伝えてある、『策』の根幹部分だ。
こちらから会いに行くまでは現れない契約があるとはいえ、万が一にでもリリスに悟られたらマズい。
かといって、何もかもがギリギリの状況だ。
ジタリーが翻意して、ケンタウロスたちの協力を得られなくなるのはもっとマズい。
リスクを取って言うべきか、黙っておくべきか。
イヤな汗がローラッドのこめかみを伝った時「今はまだ、お話しすべき時ではありませんわ」と、ここまで黙っていたエルミーナが突然、しかしきっぱりと言い放った。
「ジタリーさん、決してあなたを信用していないわけではないのです。むしろ、わたくしたちは信用してもらう側。包み隠さず全てをお話しするべきとは思っています。ですが、相手が相手です。慎重になるに越したことはありませんの」
「情報が漏れるのを気にしてるの?でもウチめっちゃ口硬いよ」
「きっとそうでしょう。しかしジタリーさん、あなた夢は見るかしら?」
「夢って、寝てるときの?そりゃ……あー、なるほど。そうだったね、リリスにはそっから漏れるのか」
「少なくともそのリスクはあります」
「んんー?でもさ、そしたらそもそもらんらんやえーちんの『策』ってバレバレなんじゃないの?そんなのに協力だなんて」
「いえ、ローラッドがリリスと交わした『契約』によって、リリスは彼に接近することはできないのです。そしてわたくしは、夢を見ない体質。わたくしとローラッドだけが知っている状態なら、『策』は漏洩しないのです」
「『契約』はともかく、そのどこまで効果があるのかも、まして本当かもわからない体質を信じろと?」
「ええ、その通りですわ」
エルミーナは少し声を張って断言する。
自分の主張を、相手の懐へ一気に踏み込ませて通しにかかっているのだ。
「言った通り、わたくしたちは信用してもらう側。でも、できるだけの誠意は見せさせてもらいましたし、まだお渡ししていないですがアラクネさんからのお手紙もありますの。信用に足る『材料』は、それなりに用意したつもりですのよ?」
「……あとはウチが決めるだけ、ってことね」
うーん、とジタリーが悩む声が部屋の中に響くよう。
無限に長く聞こえるそれに、ローラッドは思わず耳を塞ぎたくなる。
だが、黄金の令嬢はうろたえない。
堂々と胸を張り、身一つ動かさず、交渉相手を見据えている。
その『輝き』には一点の曇りもない。
「……ま、一回いーよ、って言っちゃったもんね」
永遠に思えた時間も、実際には一瞬だった。
ジタリーはにこり、と笑う。
「分かった。らんらんとえーちんを信じよう。最初の約束通り、ウチらで出来ることはさせてもらうよ」
「ありがとうございますジタリーさん!助かりますわ!」
「いーのいーの、ちょっとイジワルしてごめんね?お詫びに、ウチのことはたーちんと呼んでよ」
「たーちん!わたくしたち、良いお友達になれると思います!」
立ち上がり、ジタリーの手を取ってぶんぶんと振る黄金の令嬢。
そのテンションとは対照的に、羊角の少年は緊張と共に力が抜け、その場にへたり込みそうになった。
(エルミーナが場慣れしていてくれて助かった……俺ひとりじゃ絶対詰んでた)
ローラッドは安堵のため息を吐く。
だが、まだまだ課題は山積みだ。
タイムリミットは、確実に迫っている。
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