【第4章】娯楽と交渉は紙一重_020
金属の巨体に『夢幻夜行』を使った、その1分後。
「よし、ゴーレム。その場にもう一度伏せろ」
羊角の少年の命令に従い、膝立ちになったゴーレムは金属音を鳴らしながら、エメラルド色の円盤のひとつにむかって腹ばいに倒れ込んだ。
ばむっ、と。
ともすれば間抜けにも聞こえるほどあっさりした破裂音と共に、胴体のコアを破壊されたゴーレムはぴくりとも動かなくなった。
「しっかし『夢幻夜行』が効くんなら最初からこうしていたらよかったな。そしたら余計な苦労をせずに済んだのに」
ふぅ、と息と後悔を吐き出しつつ、ローラッドは協力してくれた2人(使い魔は相変わらず影に潜んでいる)に振り返って「あんたらもすまなかったな」と謝罪を口にする。
「ちょっと、放して、くださいましっ!」
「放しません。元はと言えば、エルミーナ様が悪いんですよっ……!」
……そのつもりだったが、羊角の少年は押し倒された黄金の令嬢と押し倒している白金色の少女が互いの手を握り合って押し合いながら格闘している様を見て呆気に取られてしまい、実際には「あんたらもす」までしか音にできていなかった。
「え、えへへ……遅ればせながら、わたしもエルミーナ様の羨ましいところをいくつか述べさせていただきますね。まずその玉のようなお肌。白磁のようにくすみひとつなく、それでいて弾力があってみずみずしくて、でもすこし血色を感じさせるすべすべむにむにのお肌は我が国の宝と言えるでしょうね。そしてこの髪……毎朝くるくるに巻いているというのに少しも傷まないのは、あなた様の『輝き』が何か作用しているのでしょうか?それとも高貴な血がそうさせるのか。そしてこの……ッスゥ~~~香油のかおり。センス、と言ってしまえばそれで済むところを、筆舌に尽くしがたい深淵の世界が」
女性同士でも愛だの欲だのを生じうる、ということそのものはローラッド自身もちろん知っている。
だからこそ淫魔は『夢』を見せる雌雄を問わないし、彼自身『気薫赤熱』によって情欲を爆発させた女性同士が絡み合う様も何度か見てきた。
とはいえ、では目の前で繰り広げられているなんとも言い難い、愛欲の枠に収まっているのかも怪しい変態的行為が生じうる可能性について知っていたかと問われれば、正直想定外だった。
「ろ、ローラッド!ローラッドぉ!!助けて!!!」
たとえ知っていたとしても知らぬ存ぜぬを貫き通したいところだが。
じたじたと脚をばたつかせ情けない悲鳴をあげる黄金の令嬢を放っておくわけにもいかない。
「……ちょっと待ってろ」
ローラッドは再び手袋で『指輪』を隠しつつ、絡まりあう2人の少女の元へと歩み寄る。
「なぁんだ、またボクを隠しちゃうのか。せっかく色々『美味しそう』にしたのに」
「まあお前のせいだよなサマエラ。しばらく黙ってろ」
「しばらく、ね?りょうかーい♪」
羊角の少年が言葉に含めた『意図』をしっかり読み取りつつ、ケタケタ震える『指輪』は素直に静まり返った。
「そしてなによりその唇……!その薄桃色の柔肌を、わたしのこの唾」
「『夢幻夜行』、キスティ。だめじゃないか、劇の間はちゃんと木の役を完遂してくれないと」
接吻などという言葉では生ぬるい、もはや『捕食』とも呼べそうな行動に移りかけていたキスティを無理やり引きはがしつつ、ローラッドはその目を覗き込んだ。
途端に、黙り込んだ白金色の少女はすくっと立ち上がり、直立不動の姿勢で動かなくなる。
あまりに姿勢がきれいなので一瞬本当の木かと見まがうほどだったが、その口元は樹液の再現と言うにも無理がある量の唾液でびちゃびちゃだ。
ゴーレムを倒してからここまでの数分で何度ついたか分からないため息をつきつつ、ローラッドはひっくり返っているエルミーナに右手を差し出す。
「立てるか?」
「た、助かりましたわローラッド」
「まったく、油断も隙もないなこのおん」
「せいっ!」
「おわぁ!?」
黄金の令嬢は確かにローラッドの右手を取った。
だが、それは決して自分が立ち上がるためではない。
体重をかけ、うかつにも手を差し出した男をそのまま背後に投げ飛ばすために手を取ったのだ。
「ぐふっ」
「ふ、ふふふふ……!」
黄金の令嬢と羊角の少年、2人の位置は入れ替わった。
ローラッドが下位側に、エルミーナが上位側に。
それはさながら夜が空の隅へと追いやられ陽が空高く昇るように、ごく自然な形で少年は組み敷かれる。
あるいはもっと端的に、エルミーナがローラッドの腰付近に騎乗するような形だ。
「いきなり何しやがる!?」
「こうしていると、あの夜のようですわね?ローラッド」
強い力で抑えられ動けない少年の叫びを全く聞かず、令嬢は恥と何かが入り混じったような笑みを浮かべる。
その纏う光は、ほのかに桃色だ。
(クソッこいつも『指輪』に影響されて……!)
羊角の少年は完全に油断していた。
黄金の令嬢は夢を見ない。
だからこそ淫魔の力の影響を受けにくいわけだが、効かないわけではない。
そもそも少年自身が身をもって証明していたはずのことをすっかり失念していた。
「やっと、ゆっくりお話しできそうです。ローラッド、わたくしは怒っているんですよ?」
頬を上気させた令嬢が、ローラッドの胸につつ、と指を這わせながら語る。
怒っているという割には、その怒り顔はどこかわざとらしい。
「それはなにゆえ……?」
「まあ確かに?わたくしが言い出したのです、手段を選ぶなと。躊躇するなと。わたくしも『手段』として使えと」
「……扱いが雑だったか?それはすまな」
「ちがいますぅーーー!こらっ」
「眩しっ!?」
びしっと細指が弾かれた瞬間、黄金色の閃光が迸り羊角の少年の網膜に焼き付く。
「閃光をデコピン感覚で使うなって!この距離だとマジで眼球にシャレにならないダメージになる!」
「キスティに、ブラッディさん。あーちんさんにも。女の子を見かけたら片っ端から……いくら血筋とはいえ、節操がなさすぎるとは思いませんか?」
「ダメだ聞いちゃいねえ!手を出すったって、それが『手段』なんだからしょうがないだろ!だいたい、それでなんであんたが怒る!?」
「……わたくしでは不十分なんですの?」
「な、なにをムグゥ!?」
少女の細指が少年の口内に侵入し、その発言を阻んだ。
舌、歯、口蓋。
口の中の触れられそうなところすべてを、真白い指が蹂躙(?)していく。
「あなたにはわたくしの裸を見た『責任』があることをお忘れですの?アルゴノート家の存続うんぬん以前に、乙女の裸を見たことに罪悪感はないので?」
「ふぁ、ふぁかった!ふぉれがふぁるかったから!?」
わけもわからずにとりあえず謝罪するローラッドに、黄金の令嬢は不満げだ。
「何が悪いか分かっていないようですわね。こうなったら……」
ごくり、と令嬢が生唾を呑み込むのが少年にも見えた。
(えっ!?ちょっと待て、ここで、いったいこいつはなにをーーー)
何かヤバいことが始まろうとしている。
ローラッドの危機感がいっそう高まった時だった。
がちゃり、と。
扉が開くような、いや、まさに扉が開く音がした。
それにハッとなった令嬢は、取り出したハンカチで手を拭きながら慌てて立ち上がった。
「こ、この続きはまた今度ですわっ!」
あくまで『指輪』の副作用だったからか、どうやら正気に戻ったらしい。
ローラッドはなんとか急場(?)を凌げたことにホッと息を吐きつつ、音がした方に目をやった。
「やーやー。お取込み中ごめんねーうらわかき少年少女よ。感想聞きに来たよーどだった?」
そこには無邪気に笑うケンタウロスのボス、ジタリーとその使い、あーちんが立っていた。
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