【第1章】指輪と光と犬とキスと_008
「これだから夜出歩くのはイヤなんだ。母親ヅラした誰かさんが出しゃばってくるからな」
「母親ヅラもなにも、実際あなたの母親よ。父親は……誰だったかしらね?」
「自分が『どれ』だった時の子供かも知らねえだろ」
「あら、それは覚えてるわ。ねえ?ローラッド・リリス・ナイトメア」
少女はローラッドに近づき、その頬に手を添える。
「最近じゃ違う名前を名乗ってるらしいじゃない。お母さん悲しい……せっかく『この』私の名前を分けてあげたのに。そのステキな目と一緒にね」
ローラッドの顔を覗き込むリリスの瞳に横長の瞳孔が映る。
それに気付いた彼は目を逸らした。
「……それで、何の用だ」
「何の用って、あなたの方がわたしを探していると思ったから会いに来たのよ?探してくれたんでしょ、その『指輪』」
リリスの手がローラッドの右手に伸びる。が、彼はさっと手を引っ込めた。
「たしかに『指輪』は見つけた、だがあんたは俺に約束したよな。『指輪を見つけたら、渡すのはいつでもいい』って」
「えー?あれはケンカの勢いみたいなものよぉ。ローラッドなら、『指輪』を見つけたらすぐ渡してくれると思っていたし。それに『指輪を見つけたら渡す』こと自体は約束していたでしょう?」
「ふざけんな。俺はまだ『指輪』を渡す気はねえ。タダで渡すとも言ってねえ」
ローラッドは語気を強め、リリスの胸ぐらに掴みかかった。
その右手指に嵌った指輪が鈍く輝く。
「『契約』は守れよ、クソババア」
「……あら」
その『契約』を口にした瞬間。
「お母さんを『契約』で縛ろうというのね?」
ローラッドが掴む手を、リリスは優しく包み込むように撫でた。
途端、彼は立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。
「あがっ……!?」
背中を地面に打ちつけてしまい、ローラッドは息を詰まらせた。
その身体の上に、淫蕩の女王は容赦なくのしかかる。
「生意気ね。けど、お母さんはそういうの好きよ。乱暴にされるのも、乱暴にするのも」
ローラッドは夢中で息を吸い、気づく。
一帯の空気が丸ごと、甘い瘴気に置き換わっていることに。
そして『支配』を受けた、一糸まとわぬ無数の女に包囲されていることに。
「縛るのも、縛られるのも」
淫蕩の女王の言葉のままに、弄ぶように、女性たちは剥き出しの柔肌を押し付けるようにローラッドの四肢を拘束する。
彼女に乗っ取られた娘の身体に生じた羊の対角は、禍々しい六枚の大翼は、淫らで冒涜的な尾は、果たして幻覚だろうか?
「あなたはわたし。血を同じくする分身。自分自身に権能を行使しようだなんて、ましてや『契約』しようだなんて。反抗期かしら?ふふふ、かわいい……」
リリスはローラッドをいつくしむように撫でる。
その指先の行く手を阻む衣服は女たちによってはだけられ、剥ぎ取られていく。
「良い身体。さすがわたしの分身」
「……っ!」
声は出せない。
『女王』が発声を許可しない。
そこに横たわるのはただひとつの原則。
子は、親に逆らえない。
「でもそうねぇ……わたし自身とは契約できなくても『別の存在のあなた』となら『契約』してあげられる。ねえ、かわいいローラッド」
甘い瘴気が掻き立てる情欲が行き場を失い、吐息と共に紅潮する肌へと表出していく。
彼の胸を撫で、腹を撫で、さらに下へと指を這わせながら、リリスは告げる。
「ローラッド・フィクセン・グッドナイト」
くちゅり、くちゅりと水音が響く。
「う……ああ……」
これ以上ない屈辱の中にあっても、ローラッドに許可されているのはうめくことだけだ。
「このリリスは正式に、あなたと『契約』する」
湿った情欲を混ぜ合わせできた白濁のインク。
リリスは楽し気に指を浸し、自らの下腹部に描かれた愛の紋をなぞった。
幾重にも塗り重ねられた淫蕩の印象に、あらたな模様が描かれる。
「『わたしはあなたの許可なくあなたに会わず、あなたがわたしに会うのは指輪を渡すときだけ』。あなたが指輪を明け渡した時点で『契約』は完了。ふふふ、これではまるで婚姻みたいね?」
「だれが、あんあなんかと……!」
「『契約』とはそういうものよ、かわいいローラッド。抑圧と束縛、欲望と快楽。表裏一体の様で、実はまったく同じもの……さて、これでわたしからあなたに会うことはできなくなった。逆に、あなたは『指輪』を渡す意思がない限りはわたしに会えなくなった」
「なら一生会わないだろうよ……!」
「そうかしらね?ふふ、あなたはわたしの息子だもの。きっとお母さんの力を借りたくなる日が来るわ」
リリスは「んー」と考えるふりをしてあごに指を当てる。
「だから次に会う時はそうねえ、ついでにすてきな伴侶でも連れて来てくれたら、お母さんは嬉しいかな。まあ、これは『契約』ではないけれど」
『支配』を受けていた女たちが離れていく。
リリスもまた、闇夜へ消えていく。
「そうだ!せっかくの反抗期だものね。わたしからプレゼントをあげましょう」
「ぐっ……!?」
指鳴らしが響き、ローラッドは側頭部に熱を感じた。
「オンナは外見と同じくらい中身が重要。あなたの『内面』を好いてくれる伴侶が見つかったら、ぜひ紹介して頂戴。それじゃあね、かわいい子羊さん。お母さんは楽しみにしているわ」
「待て、何、を……」
再点灯した街灯が悪夢の終わりを告げる中。
ローラッドの意識は甘い残り香の中へと希釈され、消えていった。
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