【第4章】娯楽と交渉は紙一重_010
「あー、驚きましたわね。まさか隙間のある壁が最後のレバーを倒すだなんて」
レバーを5本倒した後、壁がスライドして出現した出口から続く通路を歩きながら、黄金の令嬢は心底安心したように長い息を吐きながら言った。
「ほとんど役に立てずにごめんなさい。わたくし、実は閉じ込められるシチュエーションが苦手でして……壁が迫ってきていると聞いた後の記憶があいまいなくらいで」
「いやいや、レバーの倒す順をサッと思いついたのはエルミーナだったろ。4人で協力しろって話なんだから、力を合わせて脱出できたってことで十分だ」
「そうですよ、エルミーナ様。ほら、このハンカチで顔をお拭きになって」
「うう、ありがとうございます……」
差し出したハンカチで黄金の令嬢が涙と土埃で汚れた顔を拭いている間、キスティは何かを言いたげにちらちらとローラッドの方を見ていた。
「なんだよ」と羊角の少年が問うと、白金色の少女は「これは単に興味なのですが……」と前置いて言う。
「あの状況、エルミーナ様でなくともパニックになっておかしくない状況だったと思うのですが、羊男さんとその下僕はよく壁の構造がレバーを倒せるようになっていると気が付きましたね。何かタネでもあるんですか?」
「ああ、それはブラッディがやってくれたんだ」
「彼女……のプライマルか何か?」
「まあそんなところだな。超音波で地形を把握できる、コウモリみたいな能力だよ」
みたいな、どころかそのものと言っても過言ではないが、話がややこしくなってしまうのであえてぼかしておいたローラッド。
「なにがみたいな、だよ『ご主人サマ』。テメェの母親のせいでやむなくコウモリごっこをやってるってのによ」
「おいブラッディ……」
「ん?どういうことです?」
「ケケッ。なんでもねーよレズ女」
悪態をつきながら、ブラッディは愉快そうに笑う。
「そうさ。オレは超音波が出せる。オマエらに聞こえないような音から……」
「うっ、なんですこの音は!?」
突如鳴り響いた鼓膜を突き破るような高音にその場の全員が耳を抑える。
「ブラッディ、やめろ!」
「わるいわるい、ちょっとした冗談だろ?」
ローラッドの命令と共に高音は鳴りやんだが、ブラッディはさらに愉快そうに笑っている。
「まあこんな感じで、単純に攻撃としても使える音も出せる。ただ切れるだけの能力と違ってなかなか便利だろ」
「……貴様、それはどういう意味だ?」
「さあな?」
バチバチ、とキスティとブラッディの間に火花が散っているのが見えるようだった。
一触即発の空気の中、「こらっ」と最初に言葉を発したのはエルミーナだ。
「キスティ、今は皆で協力しなくてはいけないときでしょう。小競り合いはよしなさい」
「は、はい」
「ブラッディさんも、あまり無礼な物言いは慎んでいただかないと」
「はーい」
適当に生返事を返すブラッディはどこか上機嫌だ。
「……ブラッディ、どうしたんだよいったい。お前、なんでそんなにキスティに当たりが強いんだ?」
「んー?なんででもいいだろ、そんなこと。ムカつくやつはムカつく、それだけじゃねえか」
ローラッドがこっそり問うても、桃色の使い魔は目を逸らしバレバレのシラを切った。
彼女がヘソ曲がりなのはいつものことなのだが、しかし、羊角の少年はここでひとつ懸念を覚えてしまった。
(このままだと次の『試練』の内容次第では詰みかねんな……)
そう、ここは複数人で協力することが前提のアトラクション。
もしブラッディとキスティが土壇場で仲たがいを起こしてしまった場合、致命的な事態になりかねないのだ。
(こんな場所でやるのはちょっとかわいそうだが、やるか。アレを)
というわけでローラッドは決意した。
「ブラッディ、『待機姿勢』」
「なっ!いきなりなんだご主人……!くそっ」
ローラッドが命じると、ブラッディは驚きの表情を浮かべつつも、すぐに片膝を突いた姿勢を取った。
「どうしましたの、ローラッド?」
「少し待っててくれ。ブラッディとちょっと『話し合い』をしたくてな」
羊角の少年は自身も屈み、桃色髪の使い魔と目線を同じくした。
「な、なんだよいきなり、こんなところで……!」
「こら、『目を逸らすな』」
「くっ!」
ローラッドが顎に手を添えて命じると、ブラッディの目線がギギギ、と正面を向いた。
「なぜキスティに対して当たりが強いんだ?ここは協力しなくちゃいけないところだろ」
「い、言わねえ……」
「『言え』」
羊の瞳がブラッディの目を覗き込む。
桃色の使い魔はいくらか抗ったが、『契約』に定められた上下関係には逆らえない。
「ご……」
「ご?」
「ご主人のこと、悪く、言ってたから……」
そして顔を真っ赤にした使い魔の喉からようやく絞り出された答えに、『ご主人』は呆れて息を吐いた。
その背後では「まあ」と黄金の令嬢が両手を口に当ててニヤニヤ笑っている。
「お前そんなことで……」
「テメエが言わせたんだろっ!このクソ『ご主人サマ』、ぜってえ許さねえ!」
ガウガウと吠えるブラッディだったが、ローラッドがまだ命令を解いていないので、片膝を突いた『待機姿勢』のままでありイマイチ迫力がない。
やはり少しかわいそうだったかな、と思いつつも、ローラッドは「てなわけだ、キスティ」と白金色の少女に向き直る。
「俺自身はそこまで気にしてなかったが、俺たちはこの先もきちんとチームワークを取らないといけない。とはいえただ謝ってもらっても何に対する謝罪か曖昧になっちまうから、せめてこれからは俺の名前をちゃんと呼んでもらっていいか?」
「そうですわね。キスティ、ローラッドやブラッディさんのことはきちんと名前でお呼びなさい」
「うう……わ、わかりました。ローラッド、さん。ブラッディさん」
「ブラッディもそれでいいな?」
「わかった、わかったよ!」
「よし。じゃあ『自由にしていいぞ』」
「っ!」
ローラッドが命令を解いた途端、ブラッディは目にもとまらぬ速さでローラッドの影の中へと消えてしまった。
「えっ!?ブラッディさんが、消え……!?」
「ああ、気にすんな。これもあいつのプライマルみたいなもんだ。次の『試練』が始まるときにまた出てきてもらうさ」
「は、はあ……」
荒療治ではあるが、これでチームの体裁は保てただろうか。
少しの不安を残しつつ、ローラッドたちは通路を進んでいく。
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