【第1章】指輪と光と犬とキスと_007
「いてて……」
すっかり日が暮れた夜。
『学園』からの帰路についたローラッドは真っ赤に腫れあがった頬をさすりながら歩いていた。
結局『洞窟探検』は成功扱いになった。
ローラッドたちが潜ったダンジョンの奥に『どの』指輪を置いたのか、誰も正確に覚えていなかったのだ。
ローラッドがそれっぽい指輪をしているのを見せたら、試験官はロクに見もせず彼を合格とした。
「せっかく運んでやったのにこの仕打ちとは。まったく……」
彼がぼやいているのは『その後』の出来事についてだ。
ダンジョンから出る際、ローラッドは完全に『荷物』と化したエルミーナをおぶって出てきた。
起こせば確実に面倒なことになるし、犬のまま連れ出せばそれもまた問題になる。
だから眠らせたままにして、試験官には『行動不能になった同級生女子を救助し、課題も達成して出てきた』というテイで行くことにしたのだ。
幸い『指輪』回収後に戦闘の余波で吹き飛ばされていたエルミーナの鎧服の一部を回収することができ、ローラッドの上着と合わせてなんとか彼女の全裸状態は解消できていた。
彼が合格したのは、その『善行』の点が加味されているのかもしれない。
そして合格の判定を貰ったのち、ローラッドはそのまま救護室にエルミーナを届けに行った。
彼はエルミーナを『魔物に襲われたうえ、ダンジョン内で催眠作用のあるキノコの胞子を吸ってしまい、眠ってしまった』ことにした。幸か不幸か、胞子を吸うと昏倒してしまうキノコ自体はあのダンジョン内に自生していたらしく、一応安静にしておいた方がいいから『誰かが』救護室に連れて行かないとね?という流れだ。
そして、彼が救護室にエルミーナを連れて行き、ベッドに寝かせたところで事件は起きた。
エルミーナの『親衛隊』を名乗る女が救護室に入って来たのだ。
エルミーナがダンジョン内で昏倒し救助された、という情報をどこからか仕入れていた『親衛隊』は眠れる金髪令嬢の身体をあれこれ調べた。
そして彼女が手や膝をすりむいていること、土や石の汚れがついていること、着ていた服がボロボロで、いくつかのパーツが無くなっていること等々の状況証拠から、彼が『有罪』であると断定してしまったのだ。
それでローラッドは手始めにとビンタを一発貰い、続く攻撃をかわして命からがら救護室を脱出したのである。
「だいいち、なんなんだよ『有罪』って。仕掛けてきたのは金ピカ女の方なのに、不当判決だ」
「まあ、ご主人が『無罪』ではないことは確かだな」
「……そうかもしれないけどさぁ」
影の中から囁くブラッディに愚痴をこぼしながら歩いていたところで、ローラッドは全ての街灯が消されていることに気がついた。
中の油が一斉に切れたのでもなければ、『学園』が管理する街灯がこの時間に点灯していないということはありえない。
灯りのない街を『夜』が支配する。
すなわち、これは『前触れ』だ。
ローラッドの予感を裏打ちするように、路地から不意に一人の女が現れた。
30歳くらいでエプロン姿。先ほどまで料理をしていたのだろう。
「こんばんわぁ。いま帰るところなんですか?」
「……ええ、まあ。今日は課題があったもので」
「まあ。学生さんは大変ねぇ……どうかしら?もう遅いし、私が晩ごはんをご馳走してあげますよぉ?」
女はローラッドに歩み寄り、彼の脚に手を這わせる。
その目は熱に浮かされ、うつろだ。
「夫がしばらく帰ってないの……私、寂しくって。『話し相手』が欲しいの。ね、お礼もするから……」
「……やめろッ!」
ローラッドは女を軽く突き飛ばした。
そのままよろよろと地面にへたり込んだ女は、何かに呑み込まれるように目を閉じて倒れる。
「あれ、歳上は好みじゃない?じゃあ『わたし』くらい?」
ローラッドの背後から声がする。
振り返ると、そこに居たのは10歳にもならないくらいの少女。自ら年少の学園服をはだけながら、よたよたと歩いてくる。
「結構アブない趣味なんだね、お兄ちゃん?でもお兄ちゃんになら、全部見せてあげる……」
「……いい加減おちょくるのをやめろ!」
ローラッドは少女のはだけた服を直してやり、意識を失った身体を寝かせた。
そして、背後の気配に向かって振り返って叫ぶ。
「悪趣味だぞ、リリス!」
「もう、そんなに怒んないでよ」
返事をしたのはまた別の女。ローラッドと同い年くらいの女の子だ。
だがその声色は艶っぽい魔の響きであり、目に宿るのは人間のものではないナニカ。
その名は、リリス。
原初の女の名を冠する大悪魔であり。
夜と夢を司る淫蕩の女王であり。
確たる実体はなく、しかしどこにでもいる『自在存在』。
そして。
「あなたのお母さんなのに。ひどい態度ね」
少女の身体を借りた母親が妖艶に笑う。
一方、ローラッドは頭痛がするほど憂鬱だった。
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