【第4章】娯楽と交渉は紙一重_002
「わぁ……」
洞窟の奥、アラクネの住処にたどり着いたエルミーナは天井を見上げて声を漏らした。
天井に張り巡らされている蜘蛛の糸が作り出した白銀の空に浮かぶ、黒い仔たち。
それに加えて今は
『おはようございます』
『こんにちは』
『さようなら』
などなど、字形は拙いが『精霊界』の人間の言葉が黒い糸を使って縫い付けられていた。
「どうかしら。いきなり小さい文字を書くのは難しかったから仔どもたちにお手伝いしてもらったのよ」
「ステキですわ!これならすぐにお手紙も書けるようになります!」
「うふふ、お世辞でも嬉しい。ありがとう、黄金の仔」
見上げるほどの巨体を持つアラクネと黄金の令嬢の間で、にわかにほんわかお嬢様トーク(?)が繰り広げられる。
自己暗示をしたとはいえ、常人なら恐怖する異形にも怯まずに会話をしているのは流石の胆力だ。
それに水を差すまいと、ローラッドは天に縫われた文字の中に『配達エリア第三区』とか、不穏な文字が紛れているのを指摘せずに呑み込んだ。
(あの端っこにあるカバンの残骸がそれかなぁ)
手紙の配達員でも迷い込んだか。
アラクネたちは外に出ていないだろうから、勝手に迷い込んで落としていっただけだと思いたい。
「それで、リリスの仔。力を借りに来たと言っていたけれど」
ひとしきり話した蜘蛛の女王は、濁った紅蓮の瞳を羊角の少年に向ける。
「私は何をしたらよいのかしら?以前に連れていたコウモリの仔が見当たらないけれど、その捜索?」
「オレは迷子になっちゃいねえよ」
ローラッドが質問に答えるより前に、彼の影の中から不機嫌そうな声が怒鳴り返した。
「ご主人、この女の他の連中にも話つけなきゃいけねえんだろ。無駄口叩いてねえでとっとと本題に入れよ」
「ブラッディさん!以前から思っていましたけれど、淑女たるもの、言葉遣いを正した方がいいですわよ」
「ああ?」
「落ち着けブラッディ。エルミーナも。時間が惜しいのは本当なんだし」
羊角の少年はいがみ合う影と光をなだめつつアラクネに向き直る。
「単刀直入に言うと、俺の母親、リリスを女王の座から引きずり下ろす手伝いをしてほしい。興味あるか?」
「あらあらまあまあ、そんなこと……」
頬に手を添え、困ったように首を傾げたアラクネは、しかし、裂くように唇を歪めて笑った。
「興味、大ありです」
ーーーーーー
「……状況は大体分かりました。その上でリリスの仔、あなたの『作戦』には2つの障害があると母は思います」
ローラッドとエルミーナが説明し終えると、アラクネはゆっくりとそう言った。
羊角の少年が「続けてくれ」と促すと、蜘蛛の女王は頷き、
「実質的にあなたの支配下にあるミノタウロスたちに協力を取り付けるのはおそらく問題ないでしょう。ケルベロスもおそらく、協力してくれるはず。当然母も協力するけれど……他のダンジョンにいる方々の内、あと一週間という期限内に協力を取り付けられるとしたら必然的に2か所に絞られる」
「障害、っていうのはその2か所のことだな」
「そうです」
アラクネは白銀の糸を操って大きな布を織り上げると、広げたそれの上に蜘蛛の仔を呼び寄せて地図を描いた。
地図上に打たれた点は5か所。そのうち2か所に、紅い蜘蛛の仔が集まっている。
「端的に言うと『精霊界』の言葉を理解している方々……ケンタウロスと吸血鬼たち。『精霊界』の言葉を学ぶだけの知性があるのだから、ある程度交渉できるはず」
地図上の紅い点をそれぞれ指差して説明するアラクネ。
それを見たエルミーナは「あっ!?」と声を上げる。
「ローラッド、そこって……」
「ああ、間の悪いことにな」
羊角の少年は頷き、アラクネに「一応聞くけど」と問いかける。
「そいつらって、いまは機嫌が悪かったりする?」
「この仔たちにおでかけしてもらった時はひどい目に遭ったと言っていたわ。なんでも、警戒度が上がっているんだとか」
「だよなぁ」
人語を解する魔物たち。
彼らはつい最近、どっかの誰かさんたちのせいで素行の悪い兄妹から襲撃を受けているハズである。
「とはいえ、行ってみるしかねえか」
「きっとそうでしょうね。ほら、これを持っていきなさい。リリスの仔」
アラクネは手元で素早く白銀の布を織ると、蜘蛛の仔が寄り集まって形成された『人形』にそれを持たせ、ローラッドに手渡した。
「母が書いたお手紙です。事情はそれで十二分に伝わるかと」
「ありがとう。ただ、これを無事に手渡せるかどうかは……」
「それは大丈夫ですわよ!」
ローラッドが口にした不安要素を塗りつぶすように、エルミーナはどんと胸を叩いた。
「『魔族』でもなんでも、わたくしたちが誠心誠意頼み込めば耳を傾けてくれますわ!」
「……今気にしても仕方がねえか」
黄金色に輝きながらそう言われると、まあ何とかなる気がする。
羊角の少年はそんな自分の考えの甘っちょろさに思わず少し笑ってしまったが、この状況ではむしろそれくらいの方がありがたいかもしれない。
「ありがとうアラクネ。助かった。準備ができたらまた来る」
「ええ、行ってらっしゃい。母はいつも待っていますからね」
相変わらず優雅に手を振る蜘蛛の女王の住処を出て、ローラッドたちが向かうのは南方の湖。
そのほとりにある、ケンタウロスたちの領域だ。
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