【第4章】娯楽と交渉は紙一重_001
就寝中に見る『夢』は意外と、それとわかる状況になっていることが多い。
少年は輪郭のぼやけた映像を遠くから眺めながら、そんなことを考えていた。
騎士の甲冑に身を包んだ黒髪の男が『学園』の正門で門番をしている。
すれ違う生徒や通りがかった通行人に愛想よく笑う門番はこちらに気が付き、何かを投げてよこす。
受け取ってみるとそれは騎士のヘルメットだ。
被ってみろ、とばかりに微笑む男に応えようとヘルメットを頭へ持っていくが、被ることができない。
こめかみからせり出した角が邪魔をしているのだ。
ぐるぐると巻いた羊の角は、知っているよりも遥かに長く、巨大で。
これじゃあ騎士になんかなれない。
翼も尾も、この目玉だって、髪だって。
母から引き継がれた全部が『夢』の行く手を阻む。
「別によいのではありませんの?そういう騎士がいたって」
何者か、と誤魔化すにはあまりにも特徴的な声が聞こえた。
その方向を振り向くと……眩しすぎてよく見えないが、知っている何者かが光の中に立っている。
「わたくしなんて全裸ですけど、立派な騎士になれましたもの!」
正気を疑うセリフと共に輝きはどんどん増していく。
何も見えないのでさすがに光量を落とした方がいいんじゃないか、と言うと、何者かは「まあ!」とわざとらしく驚いて、
「そうまでして裸が見たいんですの?淫魔の血を引くだけあってえっちですわね、この変態!!」
ーーーーーー
「変態は俺じゃなくてお前っ……て?」
自分の声が鼓膜を震わせ、ローラッドは窓から差し込む朝日に顔をしかめながら覚醒した。
「ようやく起きましたわね、ローラッド。なにやらいかがわしい夢を見ていたようですが」
まだまだ寝ぼけまなこで室内を見回す羊角の少年の顔に、よく絞った白い布が「ほら、これで顔を拭きなさい!」と押し付けられた。
布はまるで湯につけたように温かい。
どうやらエルミーナが光を使って温めたらしかった。
「……」
「何をボケッとしてるんです?こうしている間にも時間は過ぎていくのです。ぼさっとしている暇はありませんのよっ」
「むぐっ……」
もたもたと顔を拭く羊角の少年の口に、今度は一切れのパンが突っ込まれる。
「早朝にベロスちゃんのお散歩は済ませてきました。ついでに、『学園』に寄って書類も提出してきましたわ。もちろん一番乗りで!そしてこの通り」
ばさぁっ、とぐるぐるに縦ロールした金髪をかき上げ、ドレスアーマーに身を包んだ黄金の令嬢は胸を張ってオーラ付きのドヤ顔をキメる。
「出発準備万端ですわ!」
「……あのさ」
「なんでしょう」
「今日は服を着てるんだな」
「まるで服を着ていない日があったかのような発言は辞めて下さるかしら!?まだ幼いベロスちゃんも聞いていますのよ!」
「ワン!」と、自分の名を呼ばれたケルベロスの子犬が吠える。
そんな朝の騒がしさに、ローラッドはようやっと頭の回転速度が現実に追いついてきたのを感じたのだった。
ーーーーーー
「……それで、ここが例の?」
「そうだ。ここの主なら協力してくれるかも」
ローラッドは蜘蛛の巣まみれの洞窟……アラクネの住処を困り眉で見つめる黄金の令嬢に告げた。
移動にはエルミーナが指を鳴らした瞬間にどこからともなく現れた召使と馬車を使ったので日はまだ高いはずだが、うっそうとした森の闇がそれを薄暗く覆い隠している。
「見たところ、大量の蜘蛛さんがひしめいているようですが……お父様はこんなダンジョンも所有していたのですね」
「知らなかったのか」
「お父様が所有するダンジョンはいくつもあるので、流石に全部は把握できませんわ……」
不安そうに言う令嬢はきょろ、きょろと周囲に這いまわっている仔蜘蛛に目が泳いでいる。
「嫌なら俺がひとりで行ってくるけど」
「……いえ!協力していただくのですから、失礼のないように直接会いますわ!」
言いつつエルミーナは人差し指を立て、それを見つめる。
その指先で不規則に点滅する光を網膜に焼き付けながら、ふぅ、と短く息を吐いて決意する。
「糸はキレイ、糸はキレイ、糸はキレイ……よし、行きますわよ」
「もしかしていつもそうやって適応してきたのか?」
「意外と効くんですのよ、発光パターンによる自己暗示。苦手くらいならこれでイチコロですわ。あなたもやってみます?」
「遠慮しておく……ん?」
ローラッドが黄金の令嬢からの不気味な申し出を断っていると、洞窟の奥の方から何かがゆらゆらと近づいてきた。
「な、なんですの!?」
「いや、大丈夫。敵じゃない」
ローラッドは黄金の令嬢を手で制しつつ、やってきた白銀の影……仔蜘蛛たちが操作するアラクネの『人形』に近づく。
「聞こえてるか、アラクネ。力を借りに来た」
「……まあ、リリスの仔!本当に来てくれるなんて、母は嬉しいわ。どうぞ、奥へいらして」
喉で震える蜘蛛が声を発し、人形は洞窟の方へと歩いていく。
「行くぞ」
「本当に人語を話す『魔物』なのですね……すごい技ですわ……」
感嘆の息を吐きつつ「おじゃまいたします」と呟いたエルミーナの方を、人形はくるり、と振り向いた。
「礼儀正しい仔。お利口なのですね」
「迎えの者まで出していただいたのです、当然ですわ。それと、これをお持ちになって」
エルミーナは綺麗な布に包まれた小さな荷物を人形の方へと差し出す。
「これは……まあ、便箋ですか!」
「文字の練習をしているとお聞きいたしましたので。今はできなくても、いつかお手紙を書く時に使ってくださいな」
「ありがとう、黄金の仔。大切にします」
会釈するエルミーナにぺこぺこと頭を下げた人形は、続いてローラッドの方を向く。
「……リリスの仔」
「なんだ」
「よい伴侶を見つけられたようで。母は嬉しいわ」
「全部は突っ込まんが色々違うからな」
結構終わりに近づいてきました、第4章!
読んでいただきありがとうございます!
遅くても3日ごとに更新予定!
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