【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_030
「夢を見たことがない……?寝てる間にってことか?」
「ええ。わたくしにとって睡眠というのは、目を閉じて身体を休め、次に目を開けた時には朝になっている……」
少し言い淀んで、エルミーナは続ける。
「そういう、言わば時間を飛ばすだけの作業でしかありませんでした」
「そんなことがあり得るのか……」
ある程度の知性を持つ生物は皆、睡眠中の記憶を整理する際に夢をみる。
だからこそ、だ。
だからこそ『淫魔』は魔族の中でも特異な力を持つ。
ローラッドは『魔界』の派閥争いに単独で割り込んでいる母の政治力が、『睡眠中』というほぼ全ての生物が不可避の領域に侵犯するその特性から成り立っているのだと知っていた。
けれど、黄金の令嬢は夢を見ない。
「なるほどな」と呟き、羊角の少年は天を仰ぐ。
「通りで、イヌミーナ状態のことを覚えていたわけだ」
「おほほ……アレは結構びっくりしましたのよ」
黄金の令嬢は口元に手を当てて嬉しそうに笑う。
「なにせ、わたくしが人生で初めて見た夢でしたのよ。衝撃的で、忘れてなんかいられません。まあ、耐えがたい恥辱を受けましたが」
「わ、悪かったな」
じろ、と見つめる黄金の瞳から逃げるように、羊角の少年は目を逸らす。
それを見て再び笑うエルミーナ。
「正直なところ、夢の中だけでもわんちゃんになることができて楽しかった」
「わんっ」
「ふふ、ごめんなさい。あなたのことではないのよ、ベロスちゃん」
エルミーナは少し屈み、足元に寝そべるケルベロスの子犬の(真ん中の)頭を撫でた。
「こうしてわんちゃんと一緒に暮らすのも、憧れていましたわ。けれど、わたくしにはそれができなかった」
「父親か」
「……ええ」
ぽつり、と呟く黄金の令嬢。
その肩は少し震えている。
「『夢』を見てはいけない。お父様の言葉です」
「っ!」
ローラッドは薄々そうかもしれない、とは思っていた。
だが、改めて本人の口から聞かされると、何か耐えがたい感情に押しつぶされそうになる。
「『夢』は危ういもの。そして、存在しない虚構。確かに存在するのは、現実にある目標だけだ、とお父様は常日頃から言っていました。わたくしが将来の『夢』を持たないのも、寝ている間に夢を見ないのも、わたくしの中にお父様の言葉があるから」
「じゃあ、お前が前に語っていた『夢』ってのは……」
「現実的な目標、ですわ」
ふたりで初めて『学園』に行った日、正門の前で語り合った『夢』。
あれは実際のところ、逆だった。
ローラッドが『夢』を語り、エルミーナが『目標』を語っていた。
「将来、達成されることで『成功』となる道しるべのようなもの。だから、あの時もわたくしはウソをついていたのです。どういうものかもロクに分からないのに、見様見真似で『夢』を持っているフリをしただけですわ」
「……」
「あなたのことが知りたかったの。ローラッド」
俯いたまま言うエルミーナにローラッドが「それも父親の命令か?」と問うと、少女は無言で頷いた。
「お父様は、きっと悪い人ではないのだわ。わたくしは生まれてから今まで、色々なことをお父様から教わった……当然わたくしも、期待されているとは感じていたの」
「それにしたって度が過ぎているとは思わないのか」
「一家の存続という重荷を背負うお父様が、少し周りが見えなくなるのは仕方が無いことなのです」
羊角の少年は、テル・アルゴノートから持ち掛けられた『交渉』のテーブルに、彼女自身の人生が勝手に乗せられていたことは言わない。
「お父様に、会ったのでしょう」
「……ああ」
だが、黄金の令嬢はそれを察しているように語る。
「聞いたかもしれないけれど、わたくしのお母様はもう亡くなっているわ。それに、アルゴノートはまだ歴史の浅い家。一家を存続させるために、お父様は大変苦労しているの」
「……気を悪くしたらすまないが」
ローラッドは少し言葉を選ぼうとして、しかし適切な言葉を思いつかず、前置いたうえで続ける。
「あれはもう、ほとんど狂気だ。あいつは、お前のことを自分の目標を達成するための『手段』としか思っていない」
「……そうでしょうね。わたくしも、本当は気づいていたのですっ」
ぽた、ぽたと零れる雫を受け止めようと、少女は両手で顔を覆った。
「わたくしは、ずっと、ずっと自分に言い聞かせてきましたわ……!わたくしがアルゴノート家を立派にするのだと、その礎になるのだと……!お父様のためなら、どんなことも嫌ではないと!けど、けど、時々、気が進まないこともありました。厳しいお稽古も勉強も、人の心に付け入る術も、全て放り出して消えてしまいたくなることが……!」
身体から常に黄金の光を放っている、類まれなる『根源資質』を持つ令嬢。
堂々としていて、明朗で、『親衛隊』に囲まれている強き女王。
その奥に仕舞いこまれていた少女は嗚咽し、震える。
「そういう時は寝てしまえばよかった。何もない『暗闇』が、わたくしを少しだけ現実から隔離してくれた。少し『目を瞑れば』、大抵のことは我慢できました……けれど、もう限界でした。あなたがわたくしに夢を見せたことで、わたくしは目を瞑れば訪れる『暗闇』よりも楽しいことを知ってしまった。現実から逃げた先に、楽しい『夢』があることを知ってしまったのです……ねえ、教えて。ローラッド」
エルミーナは顔を上げた。
涙で濡れ輝く黄金の瞳が、少年の獣の目を見つめる。
「わたくしはどうしたら、暗闇を耐え、アルゴノート家を繁栄させる使命を持った令嬢に戻れますの?」
ふぅ、と。
少年は少し息を吐いた。
「戻る必要なんかない」
「えっ?」
「そっちのクソ親父にも、こっちのクソババアにも、もうウンザリだ」
そして、ひとつの決心を告げる。
「俺たちで、俺たちを縛るあいつらを出し抜くぞ。それが俺の答えだ。エルミーナ」
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