【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_029
「さ、脱ぎなさいなローラッド」
「いきなりっ!?」
エルミーナが部屋に入るなり脱がせようとしてきたので、ローラッドは咄嗟に飛び退いた。
「一体何のつもりだ」
「何って、身体を拭いて差し上げますわ。あなた、昨日どころか一昨日くらいからほとんどずっと外で駆けずり回っているのでしょう」
言いつつ、少年に顔を近づけ、すんすんと鼻を鳴らす黄金令嬢。
「……でも不思議といやな匂いはしませんわね」
「嗅ぐな!身体なら自分で拭くし俺の部屋でやる!」
「そうはいきませんわ。お忘れかしら?あなたはわたくしの裸を一度見ている。公平を期すために、ここは一度脱いでおくのが得策ではなくて?」
「知るか!服を掴むな!いったん離れ……うおっ」
ローラッドは鼻息荒く迫るエルミーナの肩を掴んで離そうとして、逆によろけてしまった。
平衡感覚がおかしい。
足に力も入らないし、まさか。
「エルミーナ、お前何かしたのか……?」
「何を疑っているのか知りませんが、たぶんフツーに寝不足ですわよ」
「俺は魔族だ。寝不足なんか」
「ほら」
さっ、と取り出された手鏡に映る自分の顔を見て、ローラッドは口を閉じた。
「クマがエグすぎてちょっと言及するのをためらうレベル。本当はそのまま寝てほしいところだけど、お話ししたいこともありますし」
黄金の令嬢は逆にローラッドの肩を掴み、その目を見て微笑む。
「だから、寝る前にちょっとわたくしに身を任せてくださいな」
「……」
なんと自信に満ち溢れた表情だろう。
そういう交渉術か、あるいは指摘されたように寝不足なのか、ローラッドは抵抗する気を失ってしまった。
「もう、好きにしてくれ……」
「あ、言いましたわね?じゃああちらの椅子へご案内しますわ。ベロスちゃん!」
エルミーナが部屋の奥へ叫ぶと「わん!」と元気な返事が返ってきた。
「ローラッドのために椅子を用意してくださいな!」
「わおんっ」
「……?」
なぜ犬と意思が通じ合っているのか分からないが、ローラッドが腕を引っ張られるがままに奥へ入るとベロスちゃんが机のそばから椅子の脚を引っ張ってベッドサイドまで持ってきていた。
3つある頭を器用に使っている。それと、意外に力もあるらしい。
「では座って!」
「はい」
ローラッドが命じられる間に椅子に座ると、エルミーナはその向かいのベッドに腰かけた。
少年が今着ている『探究者』用の服一着よりも高そうな布を桶に張った水で濡らし、かたく絞ってスタンバイ。
「さあ」
「……はい」
皆まで言う必要はないと考えたのか、ジェスチャーしながら一言だけを言った令嬢の意に従い、ローラッドは上半身を覆っていた服をすべて脱いだ。
少年の筋肉質な細身が天井に吊るされた高級そうなランプに照らされる。
「おお……」
感嘆の息を吐いた令嬢の視線は少年の鎖骨付近に注がれていた。
少年の耳に、ごきゅ、と謎の音が聞こえる。
「なんの生唾だそれは」
「なっ、なんのことかしら!?お身体、拭かせていただきますわ!」
どことなく桃色に発光している気がする令嬢は、動揺しつつも手にした布でローラッドの身体を拭き始めた。
ローラッドは結構力いっぱいに拭かれている気がしているのだが、エルミーナの腕力の限界値なのか、それとも布の材質のおかげか、存外心地がよかった。
「……」
「やっぱり寝そうになっているではありませんか」
「んあっ!?ね、寝てないぞ……!」
少年は意地を張ってみたが、令嬢の湿った目線を耐えることができず「やっぱりちょっと寝てました」と降伏を宣言した。
「やっぱりそうでしょう?手早く済ませてしまいましょうか。ほら、腕をあげて下さい」
無言で腕を水平に持ち上げたローラッドのわき腹などを拭きつつ、エルミーナは「寝ないうちに」と話し始める。
「ローラッド。わたくし、あなたにひとつウソをついていましたわ」
「『夢』だって分かってたんだろ。全部」
「……ええ」
黄金の令嬢は手を止め、少し俯いた。
「厳密に言うと、気づいたのはローラッド、あなたがこの部屋を出てからです。ベロスちゃんを撫でているうちに、何かがヘンな気がしましたの。一緒に行動していたのにわたくしだけが熱を出して倒れるなんて……と。そしてなにより、あなたの行動が引っかかっていました。なんというか……尋常ではない、様子でしたから」
「……」
「そしたら、急に『思い出した』のです。お父様に会ったことと……あなたが、取り乱すわたくしに『夢』を見せて、眠らせたことを」
ふぅ、と息を吐き、黄金の令嬢はさらに一言、続けた。
「わたくし、実はこれまでの人生で一度も『夢』を見たことがありませんでした」
少女は顔を上げ、力なく微笑む。
「あなたに出会うまで、一度もね」
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