【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_027
『学園』の正門に辿り着く頃には、辺りはすでに真っ暗になっていた。
「はぁ……」
走り去った馬車を眺めながら、羊角の少年はため息をつく。
振り返れば散々な一日だった。
身体中に蓄積した疲労が取れている気は全くしない。
エルミーナに『夢』見せたのがもう2日前。
それからほとんど眠らずにダンジョンをハシゴ攻略し、仮眠を取って『学園』へ向かい、マリュースと『決闘』して、テル・アルゴノートから『交渉』を持ちかけられ、今にいたる。
冷静に考えると、疲れが取れるわけがなかった。
「とりあえず寮に戻らねえと……」
ローラッドは少しふらつく足取りで歩き出した。
街灯が点灯された通りには通行人が1人もいない。
「……」
リリスから襲撃を受けたのはちょうどこの辺りだったか。
あの『悪夢』のような体験からまだ1週間ほどなのに、ずいぶん昔のことのように感じる。
「ちょっと!それってどういうこと!!?」
「うるせえな!だいたいお前が……」
どこかの家から聞こえてくる夫婦喧嘩の音は、むしろ少年を安心させた。
まだこの街は眠っていない。
まだ明日はやってこない。
「……いっそのこと、明日が来なけりゃどれだけ楽か」
ぼそり、と呟いたローラッドはハッとした。
自分があまりに後ろ向きな発言をしたことに、ではない。
「おいいい加減にしろ!俺がどれだけ……」
「あんたの稼ぎがもっと良ければこんな暮らしじゃないのに!!」
「お母さんがお父さんと別れたのが悪いんじゃないか!!!」
さっきの夫婦喧嘩だけじゃない。
怒声は、街のあちこちから聞こえてきていた。
「いったい何が」
辺りを見渡したローラッドの目の前で、民家の窓ガラスが粉々に砕け散り、中から何かが飛び出してきた。
ごろり、と転がったのは硬い鉢植え。
そのへりに、真っ赤な鮮血が滴っている。
「っ!」
ローラッドが思わず後ずさりした丁度その時、ガラスが砕けた民家のドアがバンッ!と開いた。
「ひいっ、ひいいいいいいいっ!」
「もう我慢の限界っ!今日という今日は殺す!!」
転びかけながら逃げ出す男と、こめかみから血を流しながら、包丁を手にそれを追いかける女。
それを皮切りにするように、通りに面したあらゆる家の騒ぎがどんどん大きくなる。
そしてあっという間に人々の乱闘が始まり、通り全体が混沌の渦中へと叩きこまれた。
「これは……!」
ローラッドは明らかな異常事態に立ち尽くす。
だが、恐怖で足がすくんでいるのではない。
彼ら、彼女らが口にした言葉が、羊角の少年をその場に釘付けにした。
「『夢』でみたんだ!あんたがいなけりゃ」
「もっと素晴らしい暮らしをする『夢』が」
「やっぱりお前は『夢』の邪魔だ」
夢、夢、夢。
街の住民たちが、互いを傷つけあいながら『夢』を語っていたのだ。
「おーおー、イイ感じになってきたじゃん。これぞ『悪夢』ってやつだね」
「っ!?」
その時、羊角の少年の鼓膜を震わせたのは甲高い子供の声。
通りで乱闘する誰のものでもない、そして、明確な『邪悪』を孕むその声の発生源は。
「ココだよ、ココ!右手に注目でーす」
言われるがままに右手に視線を落としたローラッドは、『指輪』に嵌った紅い宝石と目が合った。
ぎょろ、ぎょろと周囲を見渡し、『それ』は宝石の目だけでニタニタと笑う。
「お前、何をした!?」
「ボクはな~んにもしてないよ?強いて言うなら、今日の『エサ』で基準値を超えたっていうかぁ?」
宝石の目はローラッドに憐みの目を向ける。
「というかお兄ちゃん、リリスの息子なのになんにも知らされてなかったんだね。ウケる」
「知らせるって……」
ローラッドの怒りと動揺を気にも留めず、宝石の目は続ける。
「ボクはお兄ちゃんと同じ、リリスの分身。妹みたいなもんだね。サマエラって呼んで。サミーでもいいけど」
「お前の名前はどうでもいい!これがお前のやっていることなら今すぐやめろ!!」
「ボクはなんにもしてないってば。ボクはまだ、ただの『装置』なんだから」
「……欲望を増幅する、効果」
「ぴんぽーん!」
サマエラと名乗る『指輪』はケタケタ笑った。
「ボクの『役割』はボクを見た人間から入力された欲望を増幅して、再拡散すること。そして最終的には、人間の『夢』の集合からお母さんの更なる分身を生み出すこと。お兄ちゃんが全然他の人間と会わないから何年かかるんだって絶望してたけど、今日のオッサンはすごかったね!一気にこうしてお喋りできるようになっちゃった!」
「こんなものっ」
「そんなに引っ張っても外れないよ。お母さんとはそういう『契約』なんだろ?」
羊角の少年は汗で滑る指で必死に『指輪』を掴むが、手を傷つけるばかりでびくともしない。
それを『見て』、サマエラは嬉しそうに宣告した。
「ローラッド・リリス・ナイトメア。君は『指輪』を破棄できない、絶対に」
その声と対照的に、夜の街を覆う怒号と悲鳴は刻一刻と増加していた。
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