【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_025
「あにさまっ」
『決闘』が決着した瞬間、ファレニアは倒れた兄に駆け寄った。
うつ伏せに倒れた大柄な身体をなんとかひっくり返そうと慌てふためく藍色の少女に、ローラッドは「心配しなくていい」と声をかけた。
「命に別状はないよ。明日の朝までは寝ているけどね」
「……うるさい、この悪魔!」
涙目の少女は羊角の少年を睨みつけた。
その背にあったはずの翼はもう消えている。
「すばらしい、実に素晴らしい」
そこへ、笑みを浮かべたテル・アルゴノートが近づいてきた。
「ローラッド君、君は素晴らしい実力を見せてくれた。単独でのダンジョン制覇に『特異零番』の撃破……僕の娘を預けるに足る強さだ。まさに逸材と言っていい」
「……すっとぼけやがって」
ローラッドがぶっきらぼうに言うのも無視し、テルは無理やりにその右手を取って握手をする。
「アンナ教官、『決闘』はローラッド君の勝利だ。『課題』の採点はぜひ公平にお願いしたい」
「はっ!仰せのままに」
「それじゃ、僕はまだローラッド君に用があるからこれで。そこのそいつはちゃんと救護室に運ぶんだ。『特異零番』をじっくり調べるいい機会だ」
「仰せの、ままに……!」
羊角の少年はアンナ教官の感情が揺らいだのを感じ取った。
それも仕方ない。
彼女は騎士、だというのに、今やっていることは公正を謳う『騎士道』からは程遠い。
(俺だってそうだけどな……)
ローラッドは自分の手のひらを見つめる。
テルの狙いは分かっていたのに、あんな言葉で決意が揺らいでしまうなんて。
あまりの情けなさに、自分自身に対する怒りが湧いてくる。
「では、いこうかローラッド君」
そんな想いですら見透かし、手のひらで転がしてきた男は歩き出しながら言った。
「2人で話がしたい。ちょうどいい場所があるから、案内しよう」
テルはローラッドが着いてくるか、振り返って確認もしないまま歩いていく。
どうしたって羊角の少年には着いてくる以外の選択肢が無いことは、『決闘』中に彼が提示した選択肢に対する反応で確信しているのだ。
「くっ……」
事実、見透かされていたとしてもエルミーナに何をされるか分からない以上選択肢は存在しない。
ローラッドは、奥歯をギリリ、と嚙みながらえんじ色の背中を追った。
ーーーーーー
テル・アルゴノートが手配した馬車に乗って『学園』を離れること1時間程度。
ローラッドは穀物を育てている畑が広がる農村の片隅にある、場違いなほど立派な屋敷の応接室で革張りのソファに座っていた。
「粗末な場所ですまないね。こんな『小屋』だが、一応手入れはさせているから、容赦してほしい」
ローテーブルを挟んで向かいに座るテルは冗談めかして笑った。
「さて、まずは勝利おめでとうローラッド君。そこそこの茶葉だが、飲みたまえ。ここの給仕には茶を出すのが上手いのを雇っているんだ。きっと気に入るさ」
「……御託はいい」
ローラッドは出されたティーカップに揺らぐ自分の顔から目を上げ、テルの顔を見る。
「わざわざ茶番を仕込んでまで、俺に『未解明』の力を使わせたな。何が目的だ」
「……そう怖い顔をするなよ、ローラッド君。ビジネスの世界にもマナーはある。いいから飲みたまえ、きっと落ち着くさ」
テルは自分用に注がれたティーカップを持ち上げ、静かに香りを楽しんだ後、少し口をつけて飲んだ。
「毒なんか入っていないよ。入れる意味もない。僕は意味の無いことが嫌いなんでね」
おどけたように言う貴族の男は、相変わらず目が笑っていない。
要するにこの茶は、交渉相手に不利な条件を『呑ませる』デモンストレーション。
この場をセッティングされた時点で、ローラッドにはもはや『呑む』以外の条件はないと、暗に示しているのだ。
「……いただきます」
従う以外に話が進む方法はない。
そう割り切ったローラッドが茶を吞んだのを見て、テルは満足そうに頷いた。
「落ち着いたかね?では、本題に入ろうか」
テルは膝の上に置いた手で指を合わせ、ゆっくりと言った。
「単刀直入に言わせてもらうとだな、僕は君を通じて取引がしたいんだよ」
「……取引って、いったい何の」
「『吸血鬼』か……あるいは『淫魔』か?君の力の源は」
「なっ!?」
「驚いたかい?ふふ、これでも僕はかなりの夢想家でね」
ローラッドが動揺したのを見て、テルは楽し気に語る。
「幼いころから想像したものさ。ここではない別の世界……『魔界』とでも呼ぶべき異界の存在を。だが楽しいだけの空想に、ある日『自然迷宮』の発生と『根源資質』の発見が現実味をくれた。そしてついに先日、『魔界』の力を持った君が目の前に現れた。ああ、今日の『決闘』を見るまでは、確信してはいなかったがね」
立ち上がり、腕を後ろに組んだ貴族は穏やかに宣告した。
「ローラッド・フィクセン・グッドナイト。僕に『魔界』とその資源にアクセスする方法を教えて欲しい」
その瞳に映る貪欲な紅き宝石は、爛々と輝いている。
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